2
「零の絵の練習も兼ねて、今度みんなで滝に行かない?」
「いいね! ナイスアイディア!」
それに真っ先に喰い付いたのは真人。
「それ俺の為じゃなくてただ単に遊びたいだけだろ?」
「違うよ。だた私はそういう自然を直接見た方が零も描くの捗るかなって思って……」
「そーだぞ零。それに休憩がてら泳げるじゃん」
「お前はただ単に行きたいだけだろ」
「えー、バレた?」
既に顔にそう書かれてるのに本人は気が付てないらしい。
「そう言うのは嫌?」
夏樹は本気で俺の為と思ってその提案をしたんだろう。少し残念そうに眉を下げていた。
「いや、まぁ。別にいいけど」
「やったー! よーし! 泳ぐぞ! 飛び込むぞー!」
この場の誰よりも張り切っていたのは真人だった。
「あっ、莉星と流華にもラインしとくね」
「ほんとに私は零の為にって提案したんだよ?」
真人があまりにも盛り上がっていたからか夏樹は秘密話でもするようにこっそり俺にそう言ってきた。
「分かってるよ」
そして俺は提案通り滝へ行くことが決定した。
二日後。こいつらの計画と行動の速さに感心しながら俺はとある滝壺へ来ていた。
「うおぉぉ! めっちゃいいっじゃん!」
「あの岩とか飛び込みに良くない?」
「っていうか真人既に脱いでるし」
「アンタら遅いわよ」
分かっていた事だが着くや否やこいつらは水着に着替え(というより服を脱ぎ)滝壺の傍らにある岩へ上り始めた
「どう? 結構いでしょ?」
一人まだ俺の隣にいる夏樹は同じように滝を見上げながらそう尋ねる。
「そーだな。――俺は描くからお前もあいつらと楽しんで来いよ」
「――うん。零も描くのに疲れたら一緒に泳ごーね」
「疲れたらな」
そして夏樹も準備満タンな水着に着替えると三人を追って岩上へ。
その姿を見送ってから俺は液タブを取り出し、少し離れた場所に一人腰を下ろした。
「さてと、どーすっかな」
無意識に指の間でペンを回しながら目の前の滝をまずは眺めた。
消防ホースから噴射された水の如く上空から降り注ぐ滝。辺りに鳴り響く雄叫びを上げるような音。もはや壁と化した岩肌へ激しく打ち付け削る水と身に纏うように上がる水飛沫。
その迫力もさながら纏わりつくような夏の暑さの中で見ているからかどこか清涼感も感じる。
「にしてもいい景色だなぁ」
そう言ってる間に滝を背景にしまず流華が滝壺へと飛び込んだ。
「いぇーい!」
流華に続き莉星が飛び込む。
「ひゃっふー!」
莉星に続き真人。
「フゥゥゥー!」
そして夏樹。
「きゃぁぁ!」
滝の生命力に満ちた轟音に紛れるように聞こえる四人の騒ぎ声。人目もはばからず大声を上げて笑い、叫び、滝に比べれば静かな水飛沫を辺りに散らす。
和気藹々とし見ているだけで自分も一緒になって楽しんでるかのような気分になるその光景は、形にせずともいい絵になる事が分かるものだった。
「さて。俺は一人描くか」
だけど俺が描くのは風景。早速ペンを走らせ目の前の迫力満点な滝をそのまま落とし込もうと描き始めた。
随分と描いてなかったとは言え、溜息を零す程の出来栄えしか描けなかったとは言え、流石に最初からペンが止まる程じゃない。最初は比較的スムーズに原型を描き上げていった。そのどんどん描き上がっていく様を見ていると少しだけ、安心する。まだ描けるんだと、あの頃のまま止まってるだけなんだと。
俺はいつの間にか口元が緩んでいるのに気が付いた。だから大丈夫だとは思うがあいつらに見られる前に口角部分を消し直線へと描き直す。
それからもペンを走らせ眼前の光景を写真に収めるように描いていった。
「そう言えば。昔、ちょっとだけ写真にハマってたな」
一時期、父親のカメラを手に色々と撮っていた時期がある。それをふと思い出した。
俺は写真と絵は少し似ていると思ってる。どちらも動かないし、そこにあるのは最高の一瞬。その作品の中で時間は止まり、全てが究極のまま。
でも当然ながら違いもある。全体的な事を言えば、写真はこの現実世界という制限をどうしても受けてしまう。時間を止める事は叶わず、物理法則は無視できない。落ちる花弁に待っては通用せず、角度やタイミングは一度っきり。流れる世界の一瞬を掴み取りシャッターを切る必要があるのだ。それに実際、目の前にしなければ撮る事が出来ない。地中海を撮りたければ実際に足を運ぶしかない。
それに比べ、絵は違う。絵はどこまでも自由だ。どんな場所のどんな景色だろうが、どんな瞬間だろうが白紙に生み出すことが出来る。時に美しさの為に物理法則だって捻じ曲げる事も出来てしまう。もっと言えばこの世に存在しないものでさえも可能だ。目にしなくてもいいし、目の前の景色へ勝手に追加してもいい。
「両側にもっと緑とかあったらいいかもな。そしたら鳥とかも……」
でも自由であるが故に全ては描き手次第。何をどこに配置するのか、どれだけ目の前の景色を落とし込めるか。この世に存在しないものを描こうと思えば想像力が必要になってくる。頭の中の景色とそれを描き出す画力。カメラと言う機械を通じて眼前の光景を記録するように、頭や目の前の光景を自分を通じて白紙に記録しないといけない。その白紙に無限の可能性を描ける代償とでも言うのだろうか。
でもどこまでも自由だからこそ生まれる作品もあれば、写真のように現実世界の制限に縛られているからこそ生まれる作品もある。絶えず流れ続ける世界は時に、人の想像を超えるような景色を生み出すことがあり、写真はそんな出会いの作品を作り出せるのだ。それに角度から高さ、タイミングに至るまで自分で決めなければならないが故に思考錯誤を重ね、その中で想像もしていなかった景色と出会えるかもしれない。
どこまでも視覚的な現実を映し出す写真と見えない所を視覚的に表現できる絵。直接的か比喩的か。似ているようで遠く、でもどこか似ている。どっちが良いって話じゃない。どっちにも良さがある。ただ似てるってだけの話。
そう言えば俺は昔、写真みたいな絵が描きたかった。でも今はそうは思わない。今は、存在する風景だけど現実では見られないような――どこか淡く儚いモノを描きたい。懐古の情に駆られながら見る想い出の景色。そんな絵を描きたい。
そう。描きたい――だけ。常に理想が先行し、自分自身は置いてけぼり。開き過ぎた距離は埋められる気がせず、段々とその足取りは遅くなりついには立ち止まってしまう。
「はぁー」
いつの間にか止まってしまっていたペンを見下ろし、俺は溜息を零した。少しだけ昔の事が頭を過っただけだというのに。
結構な時間、集中して描いてたとは言えまだ完成まで掛かるしもう少し描きたかったんだけど。すっかりやる気が無くなったと言うか、水を差された気分だ。
「ったく」
そんな昔を再現するような自分に思わず零れる愚痴。
すると、見ているようでただ視線を向けているだけだった液タブに影が差した。
「おーい! やってっかー?」
顔を上げるとそこには体の至る場所から水を滴らせた四人が立っていた。遊び疲れでもしたんだろうか。
「まぁ、多少はな」
「アンタは遊ばないわけ?」
「何しに来たと思ってんだよ」
「いーじゃん。少しぐらい」
でも確かに気分転換にってのもいいのかも。
そう思ったが、つい先ほど脳裏を過った昔をまた思い出しそれは止めた。あんなに一生懸命描いていたあの頃でさえダメだったんだから。時間もない俺がちょっとやそっと疲れたりやる気が云々で描く手を止めてたら、それこそ終わりだ。一時期だけとは言え、やる事になったのだから鞭を打ってでも描かないと。
だがその気合とは裏腹に若干の憂鬱が胸にじわり広がるのを感じた。でもやらない訳にはいかない。
「疲れて余計描けなくなるだろ」
「えー。じゃあ、みんなで写真撮ろっ! 濡れてない零が撮って」
それぐらいなら、と俺は液タブを置いてスマホを出しながら四人の所へ。
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