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静かで涼しく、外の灼熱地獄へ戻るぐらいならいっそずっとここに閉じこもっておきたいと思うようなカフェの店内。時間帯的にお客さんはいない。
だからかこいつらは今日もここに座っていた。
「あぁー。昨日は遊んだなぁー」
「やっぱ夏と言えば海だよね」
「もぅ、ほんと最高の出だしだわ」
既に夏休みを満喫しているようだ。そう言う俺も割と満喫している訳だが。
「あんた達課題しに行ったんじゃないの?」
燈さんのその言葉に体をビクッと跳ねさせた三人は、現実逃避するように黙り込み視線を他所へ向け始めた。
「私はやろうとしましたよ。零も」
「まぁでも汗掻くからな。外でやるのはちょっと。紙だし」
「私はすぐに気が付いたけど零、あまりにも真剣だったから」
「言ってくれよ。まぁいいけど」
「ま、まぁオレらは気付いてたけどな」
あからさまに動揺した声が聞こえたが何も言わないであげよう。というかあんな事言って真っ先に海へ駆け出した奴が良くそんな事を言えたもんだ。しかも流華と真人もそんな莉星の言葉に乗り込むときた。
「それにまだ夏休みは始まったばっかだし」
「そうよねー。あと何日あんのって話」
「全然よゆーだよね」
するとそんな三人の言葉を斬り捨てるような大きくわざとらしい溜息が聞こえた。燈さんだ。
「あんたら今まで何回夏休み過ごしてきたのよ。よくその感覚を信じられるわね。大抵、そう言ってる奴は最終日辺りで痛い目みるってまだ分からないわけ?」
呆れたと言うような調子の声で核心を突かれた所為か三人はぐぅの根も出せなかった。
でも俺はひとつ気になる事があって、それを燈さんへぶつけてみた。
「燈さんって夏休みの宿題とかちゃんと前半で終わらせる人だったんですか?」
「いや。アタシは最初からやる気ない人だった」
「あぁ、なるほど」
あまりにも堂々とした返答に俺はそう言わざるを得なかった。言葉にはしなかったが流石と内心では思っていた。
「ねぇ、零。ちょっとこれ見てみてよ」
すると丁度、目の前に座っていた夏樹がそう言ってスマホを俺へ差し出してきた。小首を傾げながらもそれを受け取り画面を見てみる。
そこには『夏の想い出 風景画コンクール』という文字が書かれていた。
「何だよこれ? 行きたいのか?」
当然の疑問と一緒にスマホを夏樹に返す。
「違くて。参加するのよ」
「お前が? 何で急に?」
「違くて。零が」
「はぁ?」
一体、何を言ってるんだこいつは? それが真っ先にやってきた感想。その次は。
「何で俺が?」
「えー。いいじゃん」
「おい! ちょっと待てみんな!」
するといつの間に検索していたのか自分のスマホへ視線を落としていた莉星がそんな声を上げた。何故かあまりいい予感はしない。どうか気の所為であって欲しいが。
「最優秀賞の賞金五十万だってよ」
その言葉に夏樹以外(こいつは元々向いていた)の視線が俺へ一斉に向いた。嫌な沈黙がカフェ内に充満する。
「零。そんだけあったらいい焼肉で打ち上げとかできんじゃね?」
莉星の言葉の後、燈さんの手が俺の肩へ乗る。
「いや、うち使っていいわよ。そしたら更にいい肉買っていい酒――んんっ! 色々な物買って打ち上げ出来るから。大丈夫、欲しかったら炭火、友達から借りて来てあげる」
「零。あんたの画力ならやれる!」
「自分を信じて!」
別の欲に塗れたいくつもの双眸が俺へは向けられていた。
そんな中、俺は横目で元凶の夏樹を見遣る。だが彼女はやってしまったというような表情を浮かべているだけだった(申し訳なさそうな感じもあったが)。
「いや、言っとくけど俺如きの画力で取れるほど甘くねーって」
こいつらは全員、分かってない。さっき見たが一般コンクールって書いてあった。それがどれだけ厳しいかを。ましてや俺みたいな数年描いてなかった奴が出てポンっと取れるような場所じゃない。賞に飢えた人々が――毎日のように描き続け少しでも腕を磨いて来た人々が参加するんだ。無理に決まってる。
「いや! 分かんないじゃん! 確かにあたしたち四人は零がどれくらい風景画が上手いか知らないけどさ。あの――夏樹の絵を見ただけで分かる。アンタならやれる」
「そうだよ。もし駄目だったとしてもそれはそれでいいよ。僕らはただ友達の挑戦を応援したいだけだからさ」
「零。――諦めたらそこで試合終了、だぜ」
何やら良い事を言おうとしてるらしいが、こいつら総じて目が円マーク。
「ねぇ、零」
三人の言葉に疑問を抱いていると燈さんの落ち着いた声に呼ばれた。顔を向けると手元のカップを拭くその横顔は、いつもとは違ってどこか大人な雰囲気に包み込まれていた。
「別に賞を取れるかどうかっていうのは関係ないのよ。重要なのはアンタがどれけ本気で取り組めるかって事。それにこんな風に気軽に参加して時間を割けるっていうのは学生の特権なんだから活用しないと。まぁ、アンタがやりたくないって言うんだったら止めないけど――でももしやるならアタシも協力するわよ。お客さんが少ない時はバイトの時間使って裏で練習してもいいし、休みだって今以上にあげる。確かにあんたはアタシにとってただのバイトだけど、アタシだって高校生って時間がどれだけ貴重かは知ってる。少しでも充実させなさい」
俺は(失礼ながら)初めて燈さんを尊敬したかもしれない。いや、こんな良いお店を持ってる時点で尊敬してるけどそれ以上の――人として、初めて尊敬した。
「燈さん……」
「――頑張りなよ。零」
だがそう言って顔を上げた燈さんの双眸はすっかり円に染まっていた。
「何なんだよお前ら!」
だが流石にその言葉を口にする時は三人の方を向いていた。
「いーじゃんかよ。零。もしダメだったらダメでいいしさ。ほら今度、弁当かパンか何か奢ってやるって」
「そうそう。それに零がやりたくなかったらやらなくていいって」
「でもお金とか関係なしに僕らが応援してるってのは本当だからね」
まるで欲を覆い隠すようにそんな言葉を並べる三人。でも一概に嘘という訳でもなさそうなのがまた困ったものだ。
「零。アタシはガッツリ賞金目当てだから。良い酒呑みたい!」
本当に、清々しい程に燈さんは燈さんだった。でも変に俺を騙すよりここまで正直な方が分かり易いってもんだ。
そう思いながら俺は最後に夏樹を見た。
「お前はどーなんだ?」
「え?」
「目当ては金か?」
「言い方……。別にお金なんてどうでもいいよ。ただ零が昔みたいに描いてくれたらなーって思っただけ。ただの我が儘」
その双眸はいつもの夏樹以外の何物でもなかった。円マークの影すら見えない。もしこれが演技で本当は賞金目当てでした、なんて事になったら俺は人間不信になってしまいそうなほどに。
正直、自信はこれぽっちもなければ既に諦めてる。でもここまで盛り上がったらこいつらの期待をここで切り捨てれば更に面倒な事になるのは(しばらく小言を言われるだろう)目に見えてる。なら振りだけでも一応やるか。
「わーったよ。でもマジで無理だからな」
俺の言葉を聞いた瞬間、既に賞金を勝ち取ったかのように四人は盛り上がり始めた。
「よっしゃ! 美味い肉!」
「いぇーい! 肉! 肉!」
「零、さいこー!」
「コイツ、バイトに雇って良かったー!」
マジで何なんだよこいつら……。それが俺の正直な感想だ。
「ねぇ、零」
そんな中、夏樹が四人の盛り上がりに紛れるように俺を呼んだ。
「頑張ってね」
どうやら本当の意味で俺を応援してるのは夏樹だけらしい。
「お前が蒔いた種だけどな」
だけど俺も夏樹も同じような笑みを浮かべていた。
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