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「はい。それじゃあ夏休みが終わってからみんなが提出する作品を楽しみにしてるわね。粘土でも絵でも彫刻でも何でもいいからちゃんと作ること。もし提出しなかったら――赤く染めるから」


 顔に浮かべた笑みはそのまま美紀先生――通称みきちゃんは声の調子だけで真面目に脅してきた。


「みきちゃーん! それって成績の事? それともリアルに?」


 俺の横で手を上げながら茶化すように質問をした莉星。


「気になるなら提出しないでごらん莉星君。そしたら嫌って言う程、教えてあげるから」


 ずっと変わらぬはずなのにより一層不気味に見える笑みを莉星へ向けたみきちゃんはそう返した。


「……いや、オレは大丈夫ですかね」


 そんな笑みに圧倒され若干ながら顔を引き攣らせた莉星にそんな勇気はないだろう。


「まぁでも課題も重要だけど、ちゃんと青春する事も大事だからね。友達と一緒に遊んだり、恋人と海や夏祭りに行ったりね。この夏の過ごし方が数年後の良い想い出になるのよ」

「はい! 先生は高校生の頃、恋人と青春したんですか?」


 するとクラスの一人が手を上げながらふざけ気味にそんな質問をした。

 だがその瞬間、一斉に静まり返った彼以外の全員が同じことを思ったはず。


「(あっ。こいつバカだ)」

「山西くーん? 夏休みの課題を死ぬ程増やされるのと放課後、先生に扱き使われるのどっちがいいかなー?」


 依然と笑みは浮かべて続けていたもののみきちゃんのその表情は怒りに満ちていた。


「あーっと。放課後に扱き使われたい……です」


 その表情で流石に察したのかあいつはやらかしたという声色で答えた。


「それじゃあ放課後にここへ集合ね。良かった。色々やることあるのよ」

「はい。……すんません」

「それじゃあ。今日はここまでね。みんな夏休み楽しむのよ」


 丁度鳴り響いたチャイムと共に席を立ち始めたみんなと共に俺も教室へと戻った。


 終業式を明日に控えた日の放課後。俺はバイト先であるカフェのカウンターにいた。目の前の席には左から流華、莉星、真人と夏樹。しかも店内にはこの四人以外のお客は一人もいないから余計に羽を伸ばしてやがる。


「いやぁー。ついに明日から夏休みかぁ」

「てか。何でお前らは当たり前のようにここに集まってんだよ」


 カウンター越しに並ぶ、四人。隣では簡単に髪を結った店長の村瀬燈さんが暇そうにしていた。


「えー。あたしたちお客なんですけどー?」

「燈さーん。いいんすか? バイトがこんなんで」


 俺の隣で特に何もしてない女性にもモテそうな容貌の燈さんへ助けを求めるように莉星がそう言うが、燈さんは燈さんだった。


「別にいいっしょ。あんたら友達同士だし」

「でも僕たちお客さんですよ? あっ、燈おねーさん。おかわりもらってもいいですか?」

「零。あんた接客ちゃんと出来ないならクビにするわよ?」


 流華がカップを差し出しながらそう言うと燈さんは掌返しするように俺へそう言って来た。しかも真剣そうな声で。


「はいはい。お客様、お飲み物以外にケーキがおすすめですよ。ケーキ!」


 俺は接客用の笑みっぽいのを浮かべながら(若干ながら別の感情が混ざっていたことは否定できないが)特に莉星へ向けてそう言った。


「おい。遠回しに頼めって言ってんぞコイツ」

「えー、ダーリン。あたしケーキ食べたいなぁ」


 すると真人が莉星の腕に抱き付きながら甘え声を出した。無理だろうが奢ってもらうつもりらしい。


「それはダーリンに言えよ。本物のな」

「……じゃーんけーん!」


 やる前から分かり切っていたことだとは思うが見事失敗に終わった真人は突然、(相手に準備する時間を与える為か)ゆっくりとかつハッキリと声を出してそう言い始めた。


「ぽん!」


 何も言わずその声の後に出された思い思いの形を成した二つの手。


「やったー! ありがとっ! ダーリン!」


 そして見事勝利を手にした真人は喜色満面で再度、莉星の腕へ抱き付いた。当然ながら莉星本人は悔しさに顔を歪めている。


「あっ、このバニラアイスとイチゴソースの乗ったやつお願いしまーす」


 勝利と茶番を楽しんだ真人はカットの声が掛かったように莉星の腕から離れると颯爽と目的のケーキを注文した。


「はいよー」

「あっ、ケーキ代は零にツケといてくださーい」

「はいよー」

「は? 燈さん。もしそんな事したら、今度から忙しくてもシフト入ってなければ助けに来ないっすからね」

「零くーん。冗談じゃない。アタシがそんな事するわけないっしょ。全く嫌だなぁー」


 燈さんはわざとらしく言いながら冷蔵庫へケーキを取りに歩いた。そして手際よくケーキを着飾らせるとそれを真人の前へ。


「わぁー! ありがとうございます」


 煌々とさせた表情をケーキへ向けながら真人はフォークを手に取った。


「ていうか。お前ら美術の課題どうする?」


 ケーキを食べる真人を横目に莉星は既に嘆くような声を出した。


「んー。粘土とかどう? 中に何か入れれば楽に出来そうじゃない?」


 早速、ズルいアイディアを口にした流華。


「いやいやお前。それはみきちゃんにバレて血祭りだって」

「じゃあ彫刻は?」


 ケーキを口に運びながらついでと言うように真人が提案。


「それは莉星の手がまた血祭りになっちゃうかも」

「あれはヤバかったよね」

「ちょーとその話は今止めてほしーんだけど? はい! 次は零。案出して」


 ケーキの味を守る為、真人は俺へ戻した話を投げ渡してきた。それを受け取ると一応、何かを考えてみる。特に楽なものを。


「――写真とか。楽でいいんじゃないか?」

「誰のカメラ使うつもり?」


 だがその一言で俺の意見は灰と化した。


「そんじゃ最後の頼み綱。夏樹の意見をどうぞ」


 そして何だかんだ意見を出してない莉星はそれを隠すように夏樹へ意見を求めた。

 それに気が付いているのかは分からないが「んー」と声を出しながら夏樹は、ケーキの減る隣で考え始める。一体、どんな案が出ては消えていっているのか。少しの間、考えた夏樹は名案を思い付いたと言うような表情を浮かべた。


「あっ、そーだ。絵なんてどう? どっか行って風景描こうよ」


 何を言い出すかと思えば。


「おっ! いーじゃん! 丁度、先生もいる訳だしよっ」


 真っ先に食い付いたのは莉星。しかもそれは嫌な食い付き方だった。


「いぇーい! 零せんせー!」

「はい! あたし海がいい!」

「いいねぇ。ちゃっちゃと描いて海で遊んじゃう?」

「海かぁ。良いね」

「なに? あんた絵描けんの?」


 カウンター越しで大燥ぎする四人を他所にした燈さんは若干ながら感心を含んだ声だった。

 だが俺は今にも溜息が零れそう。いや、燈さんへの返事は溜息交じりだった。


「描けないっすよ。ただ昔、好きだっただけで。それをただからかってるだけですよ」

「零先生。風景を描くコツってなんなんすか?」

「知らねーよ。見たまま描け」

「あっ、そーだ。燈さんも一緒にどうですか? 僕、燈さんの水着姿見たいなぁ」


 流華はその童顔を最大限に活かした表情で燈さんを見上げていた。

 だが燈さんは燈さん。ブレない。


「あんたたちには刺激が強すぎるからね」

「でもお店があるんだからそうそう行けないですよね」

「臨時休業にしようと思えば出来るんだから、単に面倒くさいだけですよね?」

「良く分かってんじゃん。アタシの彼氏か何かか?」

「いや、大丈夫です」


 透かさず頭を軽く叩かれた。


「ありがとうございます、でしょーが」

「はい! じゃあ僕が彼氏になりたいでーす」

「あんたはアタシを犯罪者にでもしたいわけ?」

「そーじゃないですよー。僕は真剣ですって」


 不貞腐れたような表情を浮かべる流華。


「はいはい。流華の恋路とかどーでもいいことは置いておいて。問題はいつ海に行くかだな」


 大袈裟なジェスチャー付きで莉星が話を戻した。


「ていうか描くのは決定なのかよ」

「なんだよー零。文句あんならもっといい案出せよ」

「別にない」

「じゃーいいじゃねーか。ほら、どーする海?」

「あたし夏休み入ってからすぐがいいな。さっさと課題終らせたいし」

「そんじゃすぐ行くかー。異議のある者?」


 嫌味でも言うみたいに俺を見る莉星。


「だからないって」

「よし。んじゃけってーい!」

「夏樹ー。明日、学校終ってから水着買いに行こー!」

「え? 真人持ってるじゃん」

「いーじゃん。夏樹のも選んであげるから」

「あんた達、あんまり背伸びし過ぎると変な男が寄ってくるわよ。気を付けな」

「もしかして燈さん。そんな経験が?」

「ふっふっふ。聞きたい? アタシの高校時代?」


 腕を組みドヤ顔気味の燈さんとそれに食い付く二人。


「アタシが海に行ったら……基本寝てるから分かんない。あっ、でもアタシの友達はよくナンパされてたっけ。あと……」


 それからお客が来るまでの間、(主に友達の)嘘かホントか話は続いた。

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