第12話

(手ニ汗握ルッテ、コウイウ事ヲ言ウノネ)、(アノ人、オナカガポッコリ出テルワ、酒好キニ違イナイ)、(スゴイ筋肉、スゴイワ)、(キャアァァ、ソンナトコロカラ、死ンジャウ)、(マダ叩クノ、信ジラレナイ、避ケレバイイノニ)、(ワアァァ、ナンテイイ体)周りを気にしながら夢中になっていた女は見ず知らずに思いこんでいたイメージと似て非なる闘いを前にして、多彩なマスクに刺激された──重ネラレタ目ノ縁ノ太イらいんハ赤デモ黄デモぴんくデモ、口元ハニヤリト開イテ余裕ヲ見セル、張ラレタ生地ハ光沢ニ輝イテ、神聖ナル闘イノ儀式ニ俗世界ヲ持チ込マセナイ、るちゃ、かるなばる、るちゃ、かるなばる、ますくトますくノ絢爛ハ、飛沫ヲ防ギ、人ト人ノ肉体ヲブツカラセル、隠レタ顔ハイクラデモ、思イ思イニ描イテドウゾ、タダシ無粋ハ止メテ置イテ、表立ッタ面デ、今ノゴ時世ヲ楽シミマショウ、らりあっとニぶれぇぇんばすたぁぁ、今ノ時ヲ駈ケルとぺ・こん・ひぃぃろハ、りんぐ内ノ極楽鳥サ、拷問人ハ陽気ナ顔デ向カワナキャ、汗汁飛バスニハ、口ヲ開イテタップリ空気ヲ吸ワナイト、宙ノひぃぃろぉぉラシク、脳天ヲ食ラワシテ星ヲ相手ニ回ワセヨウ、りんぐ外ハドウゾゴ自由ニ、四角イ夢ノ展覧会ニ、驚キ騒ギ、ケタタマシク叫ンデ手足ヲバタツカセタリ、猿ノ格好デウホウホ両手ヲ叩イタリ、動物同士互イノ見セ物ニ、大キナ決マリハ一ツモナイ、老イモ若イモ随意享楽、タダシ決マリハ本当ハ一ツ、誰モガますくデ日常ノ顔ヲ消シテ、コノ世界ノえんたぁぁていめんとヲ好キニ演ジテ欲シイ、西洋好ミノ貴族ナアナタナラ、金彩ノあらべすく模様ノ走ル白イ面ニ、小サナ唇ニ毒毒シクモ蠱惑ナ青ヲ塗ッテ、王女モ驚ク鶏冠ニ笑イナサイ、和風ナアナタナラ、ソノママ顔面ヲ象ッテ凍リ付ケタヨウニ、細イ切レ目ニ微笑ンダ赤イ唇デ微動ダニシマセン、モシモ他人ト菌ガ怖イナラ、頗ル尖ッタ鴉ノ嘴ヲ口カラ伸バシ、杖ヲ両手ニ、カアァカアァ鳴イテ威嚇スレバイイ、誰モガ同ジ顔ヲスル必要ハナイ、ソモソモ違ッタ顔ガ同ジニシヨウトシテ、一体ドンナ顔ガ出来ルンダイ、ドツイテヤレバイイ、ソレナラドツイテヤレバイイ、優シク手加減スレバ大怪我ハシナイ、長クテ三日デ痛ミハ完治スル、ソシテ痛ミ合ッタ分ダケ通ジ合ウワケサ、サアァ、好キ好キノますくデ大イニ笑イ、叫ビ、恐ガリ、息ヲツキ、生キタ肉体ト変ワラナイますくノ狂乱ヲ、楽シマナクチャ──。

 出口に向かって歩く女はあきらかに興奮していた。マスクに隠れない爛爛とした目玉で前を見据え、考えていた(アノ人ドノ人ダッタノカシラ)。

 家に戻ると今日もポストはチラシだけだった。女は荷物を置くと急いで米を研いでセットした。次いで鰹節と昆布を引っぱり出し味噌汁の用意をした。そして袋から張り手よりも大きな分厚い肉を出してフライパンをコンロに置いた。


 洞窟の壁画は手形とマスクで埋め尽くされていて、重なりあって見分けはよりつかなくなっていた。相変わらずコーカソイドの人はインタビューを受けており、やはり何を言っているか聞こえないが、熱っぽい語り口調に変わり、マスクをしていない口からは唾の飛び散るのが見える。手振りも大きく顔中に垂れる汗がその勢いで離れていくのもわかった。その光景を短くも長長と見ていると、熱狂がコーカソイドの人に沸き立ち続け、突然壁画を思い切り叩く仕草をした。すると壁は叩き起こされたらしく、白い四角のマスクは蝉の脱皮の早送りの様相で姿を変え始め、浮き彫りにされ、髑髏のような形や、埴輪の笑ったような物や、目の眠る鼻の切り取られたような顔面や、口のぎざぎざした怪人風の顔や、雷に牙の生える赤い面などが肉厚と質量を持ち、続いて手形が薄っぺらに一緒になって連動して動き出し、マスクと手形だけのプロレスラーが次次と参上すると、その一つのマスクに対して紅潮したコーカソイドの人は素早く肘鉄を食らわし、顔のよくわからないインタビュアーもマイクで別のマスクを打ちつけると、それぞれ互い互いに組み合わさり、真夏の蝉の数で、おらぁぁ、よっしゃぁぁ、うらぁぁぁ、などの怒号が無数に噴火し出し、マスクもマスクを相手に洞窟内は蒸し暑いバトルロワイヤルになって、壁画はより豊かなマスク達に様変わりして応援を始め、熱い試合のゴングが鳴らされる前から闘いは始まった。

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