第10話

 (イイコトナンカナイワ、便リモナイシ)特殊景品を女は受け取った。(タシカニ私ガ決メタコトダケド、ソロソロ連絡シテクレテモイイジャナイ、冷タイ子ネ)手に持って札を数えた。(デモ、コンナ状況ダシ……、絶対ニ頑張ッテ働イテイルコトダシ、邪魔シチャイケナイワ)「おい、今月でここ終わりなんだろ」「はい、そうです」「勘弁して欲しいよな、不要不急だなんて、迷惑なことだよ」「ほんと、そうですね」札を出した。(迷惑……、迷惑ヨネ、コンナ時ニ、職ガナクナッタナンテ言ッタラ……)女は特殊景品をとった。(ワタシハマダ命ニ関ワッテイナイケド、キットアノ子ハ、毎日ガ命トノ闘イダワ)札で返した。(看護師ナンテ、苦労バカリデ、良イ仕事ジャナイワ)特殊景品をつかんだ。(オ金ハヨクテモ、臭イシ、報ワレナイシ)札に換えた。「潰れんだろ、ここ」特殊景品を受けた。「はい、そのようです」「仕事なくなんだろ、こんな大変な時に、どうすんだ」「はい、どうにかします」札を数枚返した(ヨケイナオ世話ダヨ)。(ますくガナケレバ、アノ子ハ、ドンナ仕事ニ就イタンダロ)受け取った。(正義感ガ強イカラ、一時悪イ道ニ走リソウダッタケド)札にした。(アノ事故ガ、医療従事者ニ向カワセタノヨネ)渡した。「おい」「はい」「張り紙見たけど、店終わるんだってな」「はい、そうみたいで」「次の仕事はあんのか、ばあさん」「次、次ねぇぇ」「店が、どっか紹介してくれたか」「この店が、そんな、ご冗談を」「そうだよな、そんなに優しくねぇぇよな」「ええ、はい」「おい、これ」窓口の向こうからプラスチック板ではなく、薄い紙切れが渡されると、「はて、これは」「チケットだよ」「チケット、はて、なんのチケットでしょうか」「プロレスだよ」「プロレス、あら、プロレス」「俺が出んだけどよぉぉ、見に来いよ」「まあ、あなた、プロレスラーなの、わあぁぁ、すごいわねぇぇ」「別にすごかねぇぇけど、一応、アマチュアのプロレスラーなんだよ」「アマチュアのプロレスラー、へえぇぇ、そういう仕事があるんだね」「まあ、仕事か、そうだな、仕事だ」「でもなんでわたしにこれを」「今、みんな元気ないだろ、だから、元気の必要な人に見てもらって、元気づけたいんだよ」「まあ、優しい人ねぇぇ、プロレスラーなのに」「プロレスラーはみんな基本優しいんだよ、ライオンみたいに」「あらまあ、虎じゃなくて、ライオンなの」「どっちでもいいけどよ、本当に強い者は、必ず優しさを持っているんだぜ」「あれでしょ、虎のマスクかぶるんでしょ」「マスクはかぶるけどよぉ、さすがに虎は恐れおおいな」「わたし知っているわよ、あんまりプロレス知らないけど、虎のマスクの人が、慈善活動しているって」「慈善活動ねぇぇ、まあ、そんなニュースもあったけど」「でも、あなたがプロレスね、顔は見えないけど、意外ね」「こういうのは顔の見えない方がいい時もあるんだよ」「まあ、そうよね」「とにかく来いよ、ばあさん、元気つくぜ」「元気ねぇぇ、ないことはないんだけど」「この試合は全部マスクしてやるからな」「マスクして、あら、飛沫はしないけど、すぐずれちゃいそう」「そっちのマスクじゃなくて、虎とか侍とかの」「へぇぇ侍のマスクもあるの」「いや、その侍でもねぇぇや、まっ、とにかく、全員マスクしての試合だから、おもしれぇぇぞ」「マスクの何がおもしろいのかしら」「ばあさん、スパイダーマンって知ってるか」「そりゃ知ってるわよ、カメムシみたいな目をした、赤くて青い人でしょ」「カメムシ、カメムシか、まあいいや、それっ、その人の顔、わかるだろ」「はいはい、わかるわよ」「みんな、そんな顔のマスクをして試合するんだよ」「はあ、あんな顔ねぇぇ、よくわからないけど」「とにかく観に来ればわかるって」「そう、そうかしらねぇぇ、でも、これ、二枚あるじゃない」「誰か誘って来いよ」「誰かねぇぇ、誰か、いるかしら」「旦那いねぇぇのか」「……」「そうか……、とりあえず二枚渡しとくから、絶対来てくれよ」「でも、これ、いくらかしら」「金なんていいから」「まあ、優しいのね、でもこんなババアが、行っていいのかしら」「あたりまえよ、今はなぁぁ、若いやつらより、年寄りの元気が必要だから」「そうかしらね、無駄にしぶといけど」「おおっ、客が並んでる、とりあえず、そういうことだから、必ず来いよ、保証するぜ」「わかりました、きっと行くわ」声は特殊景品を交換することなく、ただ紙だけを置いて、曇ったガラスの向こうに消えた。

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