第6話

 この子にも、浮気な父親の遺伝子が受け継がれているのだろう。娘が成長するに従ってだらしない本性を表して家庭から遠ざかっていく父親にあきらめていくと、優等生らしく真っ直ぐ大きくなる娘に安心しつつ、懐疑の気持ちが小さく凝り固まっていた。いつかグレる時が来るのでは、その予感が高校受験に集中し始める時に訪れたので、思い設けていた事実の直面に対して自分一人で立ち向かおうと思っていると、娘がおかしな事を言い出した。

 「あのねぇ、マスク作って欲しいんだけど」「マスク……、マスクって、マスクのこと」「そう、マスク」「マスクって……、あなた持ってるじゃない」「ああいうのじゃなくて、もっと別の」「別って、どんなの」「黒いの」「黒いの、ええぇぇ、黒、黒がいいの」「うん、黒いマスク」「黒ねぇ、黒……、黒はちょっと、見栄えが悪いんじゃない」「いいの、黒で」「あなた、他のマスク持ってるじゃない、たくさん」「柄は嫌なの、おばさんっぽくて」「そうね、柄は嫌いだもんねぇぇ、でも、無地のカラーもあるじゃない」「黒いのを作って欲しいの」「女の子に黒ねぇぇ、黒、うぅぅん」「いいでしょ、作って」「まあ、作れるけどねぇぇ、でも」「いいじゃん、お母さんなら簡単に作れるでしょ」「そりゃねぇぇ、でも、黒いマスクはあまり好きじゃないわ」「別にお母さんがするわけじゃないじゃん」「まあ、そうだけど」「じゃあっ、お願いね」「ん、まあ、わかったわ、黒ね、何枚、一枚でいいの」「十五枚作って」「十五枚も」「うん、来週までに必要だから」「あっ、あなたっ、ちょっと待ちなさい」「なに」「あなた、十五枚も黒いマスク、何に使うの」「ちょっと、友達が欲しいって言うから」「友達、友達、友達」「うん、友達」「友達って、ほんとうに友達なの」「うん、友達だよ」「あなた、その友達、部活の友達なの」「違うけど、友達だよ」「嘘でしょ、友達じゃないでしょ」「はあっ、何それ」「あなたの友達に、黒いマスクを欲しがる子なんて、いません」「はあぁぁ、うっさいなぁぁ」「うるさいじゃありません、あなた、最近、すごいじゃない」「ああ、ああ、わかったわかった」「ちょっと待ちなさい、お母さん、近頃ね、あなたが……」。

 ──白イ無垢ナ鳩ハ、色ニ憧レテイタ、公園ニヤッテクル黒イ鴉ヲ怖ガリナガライツモ羨マシク眺メテイテ、モジモジシテハ首ヲ前後シテイタ、スルトピョンピョントヤッテキテ、誘ッタ、悪イ事ヲ、悪イ事ヲ、次ヘ次ヘト、公園ノ外ヘ、袋ヲツツイテ漁リ、入口ノだんぼぉぉるヲ嘴デコジ開ケ、中身ヲ盗ンダ、集団デ溜マリ、ウルサク鳴キ、群レテ他ヲ威圧シテ迷惑ヲカケタ、白イ鳩ハ黒イ鴉ノ中デポツント目立チ、他ノ鳩ハモハヤ近寄レナイ、白イ鳩ハ小汚イ金髪ニナリ、ツブラナ瞳ハ斜メニ鋭ク、ソシテ、指ノ欠ケタ足ニ──。

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