第4話

 スーパーを出ると外はすっかり暗くなっていた。(ヤダ、アノ奥サンガ菌ヲ持ッテイタラ、私モ濃厚接触者ジャナイ)外灯の下を歩いて女は気づき、(デモ、ソンナワケナイワネ)と思うものの、急に胸のあたりが苦しくなった。それほど遠くないところに雷が落ち、一瞬全ての電気に一撃が加えられて遮断され、即座に明かりが戻るように、視界はそのままだが確かな何かで変更を加えられる嫌な予感が走った──止マラナイ咳、乱レテママナラナイ呼吸、吸入器ヲ手ニ持チ油汗、オサマラナイ、オサマラナイ──。(喘息モチダカラ、カカッタラマズ死ヌワネ)女は背を丸めたまま考えながら歩き、(マアイイワ、保険金モ入ルコトダロウシ)思う頭とは裏腹に、夜の青さがやけに浸透するようだった。

 ドラッグストアに入ると、マスクが大量に余っていた──袋ヤ箱カラ紐ヲ羽バタカセテ、無数ノますくガ蝶蝶ニ洞窟ノ壁ニ留マッテイク──。(アンナニ品薄ダッタノニ)──高座ニ鎮座スル一枚ノ薄イますくヲ前ニ、夥シイ人ガ一列ニ並ンデイル──(今ハコンナニ余ッテ)──小太リノ女ヲ前ニ、べるとこんべあぁぁニ載ルますくハ流レテ、次次ト顔ニハメラレテハ、スグニ脇ヘ捨テラレテイク──(ホントモッタイナイ、使イ捨テナンテ)──輝ク陽光ノ下ニ、柄ノますくヲシタばいくニ乗ル人人ハ、臭豆腐ノ香リヲ切リ裂イテ道路ヲ走ッテイク──。(コンナノ、簡単ニ作レルノニ、せぇぇたぁぁヲ編ムヨリ、ズット楽ナノニ)──小サイ女ノ子ガモゾモゾト動キ、膨ランダ大キイせぇぇたぁぁカラ顔ヲ出スト、ニンマリ笑ッタ──。

 二階建てアパートの一番奥の扉を開けて、女は家に帰った(ハアァァ、疲レタ)。荷物を置き、手を念入りに洗ってから湯を沸かし、慣れた手つきで豆腐を切り、わかめと一緒に使い古された漆の椀に入れると、袋から食べ物を取り出して香の物と一緒にテーブルに並べた。(ハアァァ、今日モ寂シィィ、一人ノ食事ナンテ、ホント味気ナイワ)女はテレビをつけた。(マタころなノにゅぅぅす、コレバカリ)知り合いからもらった味噌の汁をすすり、(今日モ壁画ノにゅぅぅす、ヤルカシラ……、ヤラナイワヨネ、アンナにゅぅぅす、面白クナイモノ、ヨクワカラナイシ)──明ルイ洞窟内ニますくト手形ガ軽妙ナたっちデ描カレテイル──(マタ感染者数ダワ、マルデ天気予報ネ、東京ガ何人、ヘェェ、怖イワネェェ)──新聞モ挟マラナイ満員列車ニ、目ノ虚ロナますくガ寿司詰メニナリ、擦レテ生地ガヨレ、綿ガ飛ビ出ス──(アノ子、連絡ナイケド、大丈夫カシラ)──女学生ハ両頬ヲ腫ラシタママ目ヲツブリ、大量ノ汗ヲ肌ニ浮カバセタママ苦シソウニ眠ッテイル──(疲レルト、スグニりんぱ腺ガ腫レテシマウカラ)──部活ガ忙シイノハワカルケドネ、ソンナニ頑張ラナクテモ──、──ホラッ、チャント睡眠ヲ取ラナイカラ、ヤッパリ風邪ヒイタ、夜更カシスルナラ、チャント着込ンデ、冷ヤサナイヨウニシナイト──(マア、本人モ強クナイコトヲ知ッテルカラ、予防シテイルカ)──アナタ、ソンナニ強クナインダカラ、ホラ、日頃カラ風邪予防ニ、コノますくヲシナサイ──(アンナニますくヲ嫌ガッテイタノニネェェ)──取リ替エヨウトごみ箱ノ袋ヲ出スト、半透明ノ中ニ柄ノますくガ見エル──「このサバの棒寿司、あんまりおいしくない、失敗したわ」女は音を鳴らして味噌汁をすすった。

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