おるすばんのホームズ(中)

 まずはポスターが貼られていた壁を確認する必要がある。君が眠っていたソファとは別の一脚、斜め向かいに配置された三人掛けソファに上り、君は背もたれに体重を預けながら伸び上がる。

 ポスターに穴を開けたくない姉と、壁紙に穴を開けられたくない母親の利害が一致したため、姉はポスターの四辺をマスキングテープで留めて壁に貼っていた。君が手を伸ばしても届かない上方には、斜めに貼られたマスキングテープが二片残されており、ポスターの上隅に当たる部分だけが三角形に千切れて壁に残されている。一方、下辺の壁にくっついているのは、半分めくれたマスキングテープ一片のみ。行方が知れないもう一片は、落ちてしまったか、床上の紙片に紛れているのだろう。

 ここから分かることが、まず一つ。ポスターは自然に剥がれたのではなく、意図的に剥がされた、それも、ポスターが欠けてしまうことも厭わずに破り取られたのだ。

 もしも、四隅のマスキングテープが綺麗に取り除かれていれば、上方に手が届かない君は容疑者から除外されたことだろう。だが実際には、下二か所のテープだけを剥がしてポスターを引っ張り破るという手段が取られたと推察できる。

 そこから導き出されるのは、君でも犯行は可能だったという、君にとって好ましくない結論だ。

 君は肩を落としてソファの座面にへたり込むが、時間が無いことを思い出して気を取り直し、別の視点から推理を進めることにした。

 犯人が内部犯、つまり、家族の誰かであるとしたら?

 朝から仕事に行ったきりの父親が犯人である可能性は極めて低い。犯行推定時刻に不在だったことも理由の一つだが、あの気弱な父親が、愛娘の宝物を破るという蛮行に及ぶとは考えにくい。例え彼が、姉妹のアニメへの傾倒ぶりにどれだけ辟易していたとしても。

 母親は昼過ぎまでは在宅していたが、君が眠りに落ちるより前、ポスターがまだ無事なうちに出かけて行った。君が眠り込んでいる間に帰宅していたこともあり得るが、父親同様、娘を悲しませるような真似をする人間ではない。さらに言えば、潔癖なまでに綺麗好きである彼女が、こんな散らかり放題の床を自ら生み出すとは到底思えない。

 では、妹はどうか。君と同じく、日頃から姉に虐げられている彼女が、鬱憤を晴らすべく嫌がらせを試みる可能性は考えられなくもない。しかし、妹もまた、このアニメに出てくるキャラクターの熱狂的なファンである。姉ほどの経済力を持たない彼女は、いじらしくも、一番お気に入りのキャラが印刷された菓子のパッケージなどを集めては大切に保管している。そんな妹がポスターを破るというのも、また想像し難いことだった。

 この家で暮らしているのは、君と姉を除けば、その三人で全員だ。となると、次に疑うべきは外部犯。

 君は軽やかにソファから降りると、ポスターの残骸をこれ以上散らさないよう慎重に跨ぎ越し、リビングと廊下を通過して玄関へと向かった。扉内側のチェーンロックは外れていたが、施錠はされており、強く扉を押したところで開く気配は無い。

 洗面所や階段下の窓も順に見上げて回ったが、いずれもきちんとクレセント錠が下りており、異常も特に見当たらない。リビングへ引き返し、君がベッドにしていたソファの真後ろにある掃き出し窓も検めてみたが、結果は同じだった。

 君が今よりうんと小さかった頃、開けっ放しにされていた窓から外へ出てしまった経験から、この家族の年長者は、施錠には常に神経質になっている。窓が割られたり、穴が空けられたりしたような形跡も無いことから、何者かが侵入した可能性は低いだろう。

 第一、白昼堂々と民家に侵入し、アニメのポスターを破り散らして退散する泥棒が存在するとも思えない。そもそも外部犯説に無理があったのだ。

 時計を振り仰げば、時刻はすでに十六時五十三分を過ぎており、君は焦燥に駆られる。

 外部犯行説を棄却し、内部犯の容疑者から父親、母親、妹を除けば、残りは二人。姉か、もしくは、君か。

 姉自身が犯人であれば、君が彼女に怒りの矛先を向けられる恐れは消滅するため、君にとってどれだけ心安らかだろう。だが、犯行推定時刻に姉は在宅していなかったし、何より、彼女がポスターを破ることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。で、あれば。

 

 最後に残った容疑者は、君だ。

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