第14話 面を狙え
よく日焼けした茶髪の作業服の男は、ライトバンのアクセルを踏みつける。その目には前後の車の流れなど見えていない。ただエンジンの中で燃える火の存在を感じているだけ。火。それは神の力の象徴にして人類に与えられた文明の証。
「火、火、火ぃっ!」
そうわめきながら赤信号を無視して交差点に突っ込むと、クラクションが鳴り響く中をライトバンは駆け抜けて行く。しかし、ツートンカラーのセダンがその後を追った。赤色灯を回し、サイレンを鳴らしながら。
「前のライトバン、停まりなさい」
もちろん当然のようにライトバンは減速しない。するとパトカーは後方にピッタリつけ、ハイビームでパッシングしながらマイクで叫ぶ。
「停まりなさい! おい、そこの白いライトバン停まれ!」
だが狂信者の進軍がそれで停止するはずもない。こうなれば最終手段、パトカーはライトバンの右側から追い越しをかけた。前に回り込もうというのだ。けれど真横に並んだ瞬間、ライトバンの窓から右腕が伸び、その手に握られた黒いトカレフが乾いた銃声を一つ放つ。
一発の弾丸は助手席と運転席の二人の警官の頭を側面から撃ち抜いた。右折レーンで停まっていたトラックの後部にノーブレーキで衝突するパトカーを尻目に、白いライトバンはまた赤信号の交差点を走り抜けて行く。一路、ショッピングモールを目指して。
カードで支払いを済ませ、地豪勇作とマーニーはショッピングモールの駐車場に出た。
「で、これからどうするのだ」
ロサンゼルス・エンゼルスのキャップのつばに手をかけ見上げるマーニーに、小さくため息をつきながら勇作はつぶやく。
「どうもこうもあるか。行く当てなんてねえんだから、とりあえずアレだ。タクシー呼んで、ママが言ってた何とか大黒何とかいうとこに隠れられるかどうか試してみねえと」
「散場大黒奉賛会か。宗教にはちょっと興味があるな」
「言っとくが洗脳とかされんじゃねえぞ。始末に負えねえからな」
マーニーは、おかしそうにクスッと笑った。
「宗教だから洗脳するという前提は偏見ではないか。宗教でなくとも洗脳くらいする。それに実際、洗脳しやすいのはお主のような単細胞だぞ」
「誰がお主だ、誰が。気持ち悪い呼び方してんじゃねえ」
「単細胞には触れないのだな。では、パパとか呼んでやろうか」
「この野郎」
「野郎ではないぞ。女の子だ」
そう言って笑ったマーニーが、ふと駐車場の出口付近に目をやる。
「あ、マズい」
「どうした」
勇作が見れば、ショッピングモールの出口から逆行して駐車場に入って来ようとしている、迷惑な白いライトバンがいた。
「何してんだ、アイツ」
勇作の呑気な質問に、マーニーは苦笑を禁じ得ない。
「我々を殺すつもりなのに決まっとるだろ」
そのとき、白いライトバンはエンジン音を唸らせ、誘導用の三角コーンを撥ね飛ばしながら駐車場を横断、勇作たちの方にまっすぐ突進して来た。勇作はジーンズの尻ポケットに手を入れる。固いグロックの感触。残弾は十七発。マーニーの手を取り走ろうとするが、小さな手はスルリと逃げると迫る車に向かって歩き出した。
地獄の魔獣の如き咆哮を上げ、白いライトバンがマーニーを目指し加速する。
これにマーニーは挨拶でもするかの如く右手を挙げたかと思えば、次に手首を「くいっ」と曲げた。途端、ライトバンはハンドルを取られたように急に曲がり、駐車していた業者のトラックの後部に物凄い勢いでぶつかる。ボンネットは潰れ、車内にはエアバッグが膨らんでいるのが見えた。
「いまのうちだ、逃げるぞ!」
赤いキャップを押さえながらマーニーは振り返り、勇作の手を取って反対方向に走り出す。
「あ、おい、ちょっと待ておまえ」
「おまえ言うな!」
が、その足はすぐ止まった。正面に立ちはだかる人影があったからだ。茶髪で日焼けした作業服の男。右手に握るのは黒いトカレフTT-33。マーニーは思わず来た方向を振り返る。ライトバンのドアが開き、中から這いずるように降りて来たのは、フルフェイスのヘルメットをかぶったグリーンのライダースーツの女。
改めて作業服の男に向き直ったマーニーは、呆れた声を上げた。
「二人操れたのか。デタラメだな」
その言葉に反応したかのように、男の右手はバネ仕掛けのように跳ね上がる。だが二つ聞こえた銃声はトカレフからではない。すでに勇作がグロックを両手で構えていたのだ。
相手は少し驚いたかにも見えたが、トカレフも遅れて火を噴く。しかしマーニーが手をかざせば弾丸は火花を上げて跳ね飛ばされ、コンクリートの地面をえぐって壁のタイルを叩き割り、ショッピングモールのガラスを砕いた。黒いトカレフが三発撃つ間に、勇作のグロックはさらに五発を男の胸に叩き込む。なのに作業服の男は倒れない。
マーニーが両手のひらを敵に向けながら、勇作に叫んだ。
「銃が本体だ、銃を撃て!」
「簡単に言うんじゃねえ!」
昔の刑事ドラマじゃあるまいし、銃を狙って撃つなんぞそうそうできるか。と言ってやりたかったが、いまそんな余裕があるはずもない。しかしおそらく銃を狙って撃てなければ、こちらは不利になる一方なのだ。難しい理屈はわからない勇作だったが、これは直感的に理解できた。
畜生、警察に居たとき射撃の練習もっとしとけばよかった。悔やんでみても後の祭りである。いまできるのはマーニーの言う通り、とにかくトカレフを狙うことだけ。だがこちらの意図を理解しているのだろう、トカレフを握る相手の右手は上下左右に動きっぱなしだ。また猟銃で殴りかかれたらと一歩近寄ってみたのだが、学習したのか一定の距離を保とうと後退する。なるほど単純ではない。
勇作のグロックは十発目の弾丸を放った。相手は何発撃ったのかもう覚えていないが、とりあえず一発も当たっていない。全部マーニーがはじいているらしい。じきに弾切れになってマガジンを交換するはずだ。こっちは残り七発。交換するマガジンはない。どうする。
「肩のデカい鉄砲を使え!」
体力の消耗が激しいのか、マーニーが苦しげに叫ぶ。
「いっぱい弾が入ってるのだろう!」
何を言ってる、いっぱいって二発しか……そう思いかけて勇作はやっと理解した。散弾だ。猟銃には散弾が装填されている。拳銃で一点を狙えないなら、散弾で面を狙えばいいということか。相手の男の体はミンチになるが、トカレフにもダメージを与えられるかも知れない。勇作はグロックを尻のポケットに突っ込むと、肩から釣り竿ケースを下ろし猟銃を取り出そうとした。
しかしその瞬間、作業服の茶髪の男は突然背を向け走り出す。さらに勇作たちの背後から、マーニー目掛けて突っ込んで来る白いライトバン。勇作がマーニーを抱えて身を翻した隙に、急停止したライトバンへと作業服の男が乗り込み、そのまま走り去って行った。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。きっとこちらに向かっているのだろう。
「長居は無用だな」
勇作はそう言うマーニーを下ろして歩き出す。相手が車を持っているのはこの先計算に入れなければならない。タクシーは使えないな、と考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます