第16話
『それから幾年もの時が流れ、仙之助の縁は、智樹、そなたに繋がったのだ』
「僕に……」
教授が言っていた「何か」とは、この龍神のことだったのだ。やっと合点がいった。
聞いてみれば、明晰夢の中で僕を飲み込もうとしたように見えたのは、正確には獏や教授のことを排除しようとしたのだと言う。先祖たる仙之助との契約によって、僕を守ろうとして発動した、いわばカウンターとしての働きだったらしい。僕からの説明があれば、ああも恐ろしいことは起きなかったそうだが、知覚すらできない状態であったので、仕方のないことであろうと首を振っていた。
一通り話をした後、龍神は居住まいを正すように、僕に向き直った。
『理解できただろうか。我はもはや、正しい形で力を使うこともできないのだ。——智樹、そなたに渡したいものがある』
「え?」
『我の中にある、仙之助の力を、そなたに返したいと思う』
「……」
『そなたがかつてのことを今も気に病んでいることは、我も分かっておる。あの大雨は、確かに我が起こしたことだ。あれらがそなたに無用な仕打ちをすることは、許せなかった。だがあれらを打ちのめすことは、そなたの望んでいたことではなかった。もはや我は、そなたを苦しめることしかできぬ。仙之助の子を守ることが、もう我にはできぬ。だから——我は天へ還ろうと思う。そのためには、我の持つ仙之助の力をそなたに返さなければ』
他の存在から渡された力——それを僕たちの言葉ではなんと言うのか分からない。大雑把に「魔力」と仮定して考えてみる。
「魔力」は「魔法」を作動させるためのエネルギーだ。言い換えれば、「生命力」であり、「魔法」を作動させるメカニズムを考えれば、教授が言う「信じる心」が宿った「思念」とも取れる。
——「魔力」には「思念」が宿る、とすれば。仙之助が龍神に「生きてくれ」と願った想いが、消えることを拒んだ心が宿っている力は、龍神の中から失われることも、龍神を消滅させることも出来ないものになっていたのだろう。だからこその、返還ということなのか。
「龍神、さまは……生きていたくないんですか」
気付いた時には、そう口走っていた。
昨日の夢に当てられているのかもしれない。戸惑っていることは確かだった。
龍神はきっと、この世から消えるのだろう。龍神が消えることは、僕の体質も失われるということだ。それは望んだことそのものだったが、なぜだろう、こんな形で叶うと知ると、胸が苦しかった。
『我はすでに、消えるべきであった存在だ。仙之助の力で、ほんの少し永らえていただけのこと。仙之助が我に力を与えたことについて、戸惑いこそあったが、それが仙之助の想いの形だったのだと理解している。——だがそれと、我が持つ規範は別だ。与えられた力に対して、我は対価を払わなければいけなかった。その対価が正しい形で行われていないのであれば、契約不履行となる。なればもう、力を持っていることはできない。我らの世界はそのようにできているのだ。——智樹よ、我は消えるが、そなたに返した仙之助の力は消えない。そなたの望む形で、そなたを守るだろう。これも、仙之助の子を守ることに他ならない。我が最後にできることの全てだ』
金色の瞳。
人ならざるその形に、色に、輝きは失われていない。ただただ、美しかった。そして、慈愛に満ちていた。このひとも、僕の両親や祖父母のように——遡って、その先祖たちみんなと同じように、僕や、僕に繋がる家族を見守ってきたのだ。その役目を今、降りようとしている。
「ごめんなさい、僕は、僕はそれでも、全てを無かったことにはできません。龍神さまが僕を守ることを考えたために、大きな災害が起きたこと、その責任は僕にあると思っています。龍神さまがどれだけ自分のせいだと言っても、僕が生きていく限り、僕はそれを背負って生きていきます。あなたが居なくなった世界は、あなたが居た時となんら変わりなく過ぎていくと思います。でも僕は覚えています。ずっと覚えています。そして、同じ思いをする人がいないような世界を作ります」
龍神はそうか、と目を細めてうなづいた。
それが合図だったのかもしれない。眩い光に包まれて、龍神の姿は見えなくなっていった。
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