第15話
そなたが昨夜見た夢は、我と仙之助に関わる過去の出来事だ。人間の歴史には、単なる小さな諍いとしか記録されていないだろう。だが我や仙之助にとっては住む場所が失われるという、生きるか死ぬかの大きな戦であった。
仙之助やその一族は、川や池に棲まう妖であった。遠い昔から我ら龍神の世話をしてくれた、大切な存在だ。姿が人間に似ていたこともあって、時々人間と共に畑の世話をしたり、祭りに参加していたこともあったようだ。我もそんな仙之助たちと人間たちのことを見ているのが楽しくもあった。
争いの原因となった土地については、縁が無かったと言うのが正しい。仙之助たちや、その周りの人間たちは、我の祠へ供物を置いたり、参拝をしたりと、縁があった。そうした者たちには見返りとして権能を使うこともできた。だが、かの土地の者たちは一度も我の前へ姿を現さなかった。縁が無い者には何をしてやることもできぬ。それが我の定めであった。違えることはできぬ。我が存在し、権能を使うために定めたものであるからだ。
争いも、初めは人間同士の小競り合いに過ぎなかった。だが、かの地の者たちは、我らの棲家にも襲いかかってきた。狙いは我の祠であった。我が依代としていた宝玉を奪い、自らの地に据えようとしたのだ。それには仙之助たちも憤慨した。村の人間たちもだ。互いに助け合い、かの地の者を退けようとしたが、怒りに狂った者たちは強かった。我の宝玉は奪われるどころか、壊されてしまった。その宝玉には、我が使わずにいた権能のほとんどが収められていた。土地を穏やかに保つのには、嵐を起こすことや、土地を破壊するほどの力は必要ないとして使わずにいたのだ。
あとは、そなたが知っている通りだ。
封印していた権能が破壊によって無理やり発動したことは、我の体を破壊することに繋がった。あの土地にあった気の流れも変わってしまい、我は元の土地に棲むこともできなくなった。力は流れ出るに任せ、ただ山や川を彷徨うばかりであった。
もうこのまま消えるしかないのだろうかと思っていた時だ。仙之助が現れた。
あやつは自らの力の全てを差し出して、「生きてくれ」と言ったのだ。妖が力を無くしてしまえば、存在が消えてしまう。我は断った。そこまでして生きていたくはないと。だが仙之助は頑なだった。いつまでも我のそばから離れようとしないまま、終わりのない問答が続いた。仙之助の力をもらっても、我の力の全てが戻るわけではない。部分的に権能が戻るのがせいぜいだろう。土地を守るほどの権力も権威も最早ない。そんな我に仙之助が力の全てを差し出すほどの価値があるのかと問うた。
仙之助は、「あなたが生きてさえいればいい」と言って消えた。
我の中に仙之助の力があることに気付いたのは、そのすぐ後だ。あやつは勝手に力を渡して消えてしまったのだ。
我が力を与えたり、奪ったりするときには、必ず対価を伴った契約が必要だった。一方的にもらったままでは、この世の理が崩れてしまう。我は蘇った権能の一部を使い、あの土地の様子を探った。土地は守れずとも、何か対価になるべきものはないかと。仙之助たちの一族は戦ののちに人里へおりて、その血を交えていた。仙之助も同じだった。村には仙之助の帰りを待つ、妻と子の姿があったのだ。
そうか、それならば出来るだろうか。
我はそのとき、仙之助にもらった力の対価として、仙之助とそれに連なる物、その一族を守ろうと決めたのだ。
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