第14話

 遠くから、本当に遠くから、小さく、水が落ちる音がしている。雨の音に近い。でも、嫌な音ではない。優しい、柔らかい音だ。

 あたりは真っ白で、足元に薄く水がある。軽く足を動かすと、チャプチャプと小気味よく鳴る。

 風はない。暑くも寒くもない。

 ここはどこだ?

『我の結界の中だ。仙之助の子よ』

 その声は女性のようにも、男性のようにも聞こえた。声の主を探すが、見当たらない。

『我はここにおるぞ。今、姿を見せよう』

 霧か霞か、ごく少しの水滴が漂っている。息を吸うと、水の匂いを感じるほどだ。清々しい香り。その香りの中から溶け出すように、龍が現れた。

『やっと会えたな、仙之助の子』

 白い鱗が光に照らされると、薄く七色に光る。精巧な螺鈿細工を見ているようだ。その身は大きく、見上げるほどだが、不思議と恐ろしさは感じなかった。その姿に気圧されながら、目を逸らすことはできなかった。何を言っていいのか、そもそも口を聞いていいのか分からないまま、やっとのことで声を出した。

「あなたは……」

『我はかつて、「川の主」として、そなたたちに祀られていたもの。たくさんの名があるが、龍神と呼ばれることが多いな』

 記憶が鮮明になってくる。この龍は夢で見た「祠の主」にそっくりだ。あの夢は僕の想像の世界ではなかったのか?それとも今、僕は眠ってしまって、その続きを見ているんだろうか?

『この場所は、現との狭間と言うべきところにある。そなたの呼びかけによって我が姿を現すことが叶ったゆえ、そなたと話をしようと、我の〈場〉へと呼び寄せたのだ』

「じゃあ、あなたもこの場所に、本当にいるってことですか」

『そうだ。このようになったのも、仙之助が作り出した縁ゆえ』

 仙之助……先ほどから何度か名前を聞いているが、誰のことなのだろう。僕が声を出すよより前に、主が話し出した。

『まずは、我と仙之助との話をしなくては。そこにかけると良い。長くなる。何、時は気にせずとも良い。この場所で時などというものは存在せぬのだから』

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