第13話

次の日、着付けを進めている僕たちの耳に、太鼓と鈴の音が聴こえてきた。

 どんどん、シャン。

 どんどん、シャン。

 老人たちが鳴らしている音だろうということはすぐに想像がついた。心持ち手を早めて着付けが済むと、教授と共に玄関に出た。

 楽器を持った白装束の老人たちが、ゆっくり、ゆっくりと集会所に向かっていた。一様に神妙な面持ちで、震えてしまう手をどうにか抑えながら、必死に楽器を鳴らしている。

 たっぷりと時間をかけてやってくると、彼らは僕たちの前に整列し、深々と頭を下げた。そして、そのままリーダー格の男性が「今日は雨降しの儀を執り行わせていただきます。お二方におかれましては一層丁重にお送りいたしますゆえ……」と挨拶をし始めた。僕は彼らに頭を上げてくれと何度もお願いをしたが、「こういうときは、手順が必要なのです」と言って、頑なに姿勢を変えようとしなかった。背後には軽トラックが止まっていて、荷台には神輿が乗っている。小ぢんまりとはしているが、手入れはされていた。

 代々この神輿は、祭事の際に使われる神聖なもので、本来は御神体を入れるらしい。今回は僕を神輿に乗せて、山の中腹にある広場へ行くそうだ。軽トラックに乗っているのは、村人たちが年老いてしまい、担ぎ手がいないからだ。風情がないとか、そんなことは言ってはいられない。「手順が大事」なのだから。

 昨日に引き続き、今日も強い日差しが肌を刺す。気温自体は朝なのでやや低めだが、それでもまとわりつく暑さは変わらない。僕自身は神輿の中なので日陰だが、暑さは外と変わらないし、日差しの強さで言えば、トラックの周りを歩く老人たちや教授の方が辛いだろう。

 神輿の中は、しばらく傾いた状態が続いていたが、やがて水平な状態になった。緩やかに停車し、エンジン音が止むと、外から神輿がノックされた。おそらく教授だろう。「出ていいぞ」の合図だ。

 神輿から降りて、村長に誘導されつつ、台地を歩く。この場所では、かつて神事が執り行われていたという、自然と樹々が開けた空間だった。木陰を進み、やがて光の中へと入る。夏の日差しは光の下にいる全てを平等に焼いていく。歩いている僕も、僕を囲むように立ち、次々と首を垂れて平伏す老人たちも、木々で組まれた祭壇のすぐそばで目深にフードを被っている教授も。

 祭壇の前に立ち、つい昨日覚えたばかりの所作で、教授から御幣を預かり、構える。


 ——我が玉に連なりしものよ 縁により現れたまえ その権能を持って この地に水を与えたまえ——


 御幣を降りながら、なるべくゆっくりと、何度も唱えた。十分は稼げないかもしれないが、せめて老人たちの不安が少しでも解消されるように。できれば雨が降るように。

 頬を撫でる風が、途端に冷たくなった。青空の中で強く輝いている太陽が、厚く黒い雲に隠れて、あたりが薄暗くなる。——来たな。

 頭にひとつ、大きな雨粒が当たったその時に、滝のような雨が降ってきた。

 老人たちは歓声とも叫びともつかない声を上げながら、一様に木陰へと隠れた。そのまま僕が車の中にでも入らない限りは、雨が降り続くだろう。僕としては、枯れた水田が戻るぐらいで良いと思ったが、この村全体を潤すのには、丸一日以上降らせたほうが良いだろうというのが、村人全員の意見だった。なので、このまま歩いて村へ戻り、集会所の縁側にでも佇んでいようかと思っていた。

 空を見上げる。見慣れた黒い雲が渦巻いている。まだまだ雨が降りそうだ。というか、ちょっといつもより強いかもしれない。雨粒が痛い。傍で教授が何か叫んでいるが、雨音が強すぎて、うまく聞き取れない。大きく腕を降って、上と、車とを指差している。どうしたんだろうか。

 もう一度空を見た。なぜか僕の真上だけで、白い雲が渦巻いている。なんだろう、この形。どこかで見た気がする。——そうだ、昨夜の夢で見た。

「龍の、眼?」

 柱のように落ちた雨の塊に足をすくわれたところで、僕の意識は途切れた。



(やはり来たか)

 こうなることをわかってはいたものの、それでも若者一人を狭間へ向かわせたことに、白楽は申し訳なさを感じてもいた。

(それでも、彼に繋がっている縁は、彼自身によってでしか変えることができない。それを切るのも、繋ぐのも彼だ)

 幸いにも、雨は降り続けている。村人たちは歓喜に湧き、しばらくは気づかないだろう。

(待っているよ、智樹くん)

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