第11話

 村内の道路は、ほとんど舗装されていなかった。というか、かつては舗装されていたが、剥がれて久しいという感じだ。畦道のようになったところを進むと、やがて平家の建物が見えてきた。「精霊村集会所」と看板が付けられたその建物の前に、幾人かの老人の姿がある。彼らこそがここの村人なのだろう。そのうちの五人ほどが「ようこそ 貘先生ご一行」と書かれた短い横断幕を掲げていた。

 誘導されて車を停め、荷物とともに彼らの前に立つ。教授曰く、ここにいる十人ほどの老人が、村人としての人口の全てであるという。先程の話を聞いて、敵対心剥き出しの人たちだったらどうしようと思っていたが、いざ会ってみると、みな柔和な顔をしていて、少し拍子抜けしてしまった。

「いや、今年は青葉先生いねえって聞いたもんだから、来てくれねえかと思っちったよ」老人の中で、リーダー格らしい男性が教授と握手を交わす。「いがった、いがった」

「ご心配をおかけしました。この通り、一番弟子を連れてきたので」

 教授も穏やかに答える。どのようにとってもいいような言い方で、村人たちは好意的に取ったらしい。確かに、専門外の教授の助手と言うより、専門家の弟子と思っておいた方がマシだ。

 朝一番に動き出していた僕たちだったが、この頃にはほとんど夕方になってしまっていた。挨拶も早々に、今日の宿泊場所だという集会所の中へ案内され、荷物を解いたりしているうちに、すっかり夜になっていた。ぼんやりと、夕食はどうするのだろうと思っていた時に、ある一人の老人(あの中では若干だが若い)が、村長の自宅で歓迎会をするので、来てくれないかと声をかけられた。せっかくだし、誘いを無碍にするのもなんなのでと、教授とともに行ってみることにした。

「いや、先生、どうぞどうぞ」

「お弟子さんも、どんどん食べてね」

「いや、孫に会ったみたいだねァ」

「孫だ? ひ孫の間違いだっぺ」

「違えねえ」

「いや、どうも」

 入った途端に見えたのは、豪勢な料理の数々だ。刺身に混ぜご飯に、この地方の特産を使った煮物や汁物、まるで正月がやってきたかのような食卓と、すでに出来上がっているらしい老人たち。迫力のある光景にたじろいでいると、近くにいたお婆さんが、そっと空いている席へ手を引いてくれた。隣には教授がすんなりと座っている。あまり大きな宴会に縁がない僕は、その勢いに押されるままになっていた。

「これ、うちで作ったドブロク。飲んでみな」

「いや、僕まだ未成年なんです」

「なーんだい、俺たちが若い頃はそんなの」

「やめなィ、あんた。お兄さんには甘酒ついであげっからね」

「ほんと、お構いなく……」

 確かに、振る舞ってくれた料理はどれも美味しかった。食べたり、話しかけられて答えたり、うなづいたりしているうちに、老人たちは老人たちで話すようになり、夜も更けてきた頃には、寝ている人が半分、カラオケで盛り上がっているのが半分、という感じだった。残った料理を小皿に集めて、部屋の隅でつまんでいた僕は、それを遠くで太鼓が鳴っているように眺めていた。

「こういう雰囲気は苦手かね」

 いつの間にか教授が僕のすぐそばに来ていた。右手にはぐい飲みを、左手には、老人たちが作った甘酒の瓶を持っている。

「ちょっと、驚いてます。雨を降らせるってだけなのに、こんな宴会まで開いてくれて」

「彼らにとっては、生死に関わる問題だからね」

 教授はゆっくりと、僕のそばで胡座をかいて座った。甘酒を口に含むと、米の香りと、アルコールの低く漂う香りが、同時に鼻をくすぐる。

「ちょっと脅かしてしまったかな」

「……まあ、そうですね」

「すまないね、だがどうしても、彼らと私たちの間にある隔たりを忘れてはならないから。私たちにとって彼らは“知らざる人”だが、私たちもまた、彼らにとって異端の者であるのだ」

 歓迎してはいるが、魔法を使える人とそうでない人の明確な違いがある。それは村の様子にも、その歴史や文化にも、老人たちの心の奥底にも、その違いは影を落としている。その影は、いつどのように変貌するとも限らない。

 彼らは今、その違いを意図的にかそうで無いかは分からないが、表に出さないだけなのだ。改めて、自分が今立っている場所、生きていた場所との隔たりを感じた。

「明日は朝から準備がある。そろそろ戻ろうか」

 言うが早いか、教授は寝こけている村長を起こし、まだ夢の中にいる状態の彼に一言伝えた上で、家を出た。僕も皿の上の料理を急いで片付けて、後を追った。

 集会所に戻ってからは、順番に風呂に入り、身支度を整えて、布団へ入った。もうすっかり夜も更けて……と思ったが、まだ午後十時だった。教授からは、明日午前七時に着付けをすると言われているから、この時間に寝るのは妥当と言える。とはいえ、いつも自分が寝る時間と比べると、あまりに早い。


 ——明日の“儀式”のことを考えた。あくまで形式上であり、僕自身は立っているだけでよい。だが、何もしないでいると怪しまれるので、教授が考案した祝詞を唱えることになっている。本当にそれだけでいいんだろうか。自信の無さよりも、水を求める老人たちの顔が浮かんだ。今夜の宴会も、「これで大丈夫」という安堵に満ちていて、すっかり恐縮してしまった。ただ雨を降らすだけの若輩者に、すみません、と。ただ、彼らが求めているのは、その“雨”だ。

 こんな僕でも、役に立てるのだろうか。

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