第6話

 翌週、教授の研究室へ足を運ぶと、この前来たときにはなかった安楽椅子が設置されていた。


「どうだい?倉庫に入っていたので整備して持ってきたんだ」

「立派ですね」

「出どころは分からんが、質は良いと思う。何せ父がこれで眠るように逝っていたからね」

「……」

「冗談だよ。まあ、父の愛用の品であったことに変わりはない」


 警戒しつつも促されてその椅子に座ると、なるほど安楽と言うだけあって柔らかい座面が僕の体をしっかり支えてくれている。それでいて姿勢も無理がない程度に角度がついて、リラックスできる体勢になった。


「早速だが、準備を進めていこうと思う。智樹くんは日本茶と紅茶ならどちらが好みかな」

「そうですね、日本茶の方が良いです」

「わかった」


 教授はそのまま奥の部屋へ歩いていく。この前は僕がやったお茶の準備をするんだろうか。さすがにそこは僕がやるべきだろうと体を起こしたが、まるで見えているかのように「そのままでいいよ」と声が飛んできた。仕方なく体を戻す。

 ……正直、緊張している。松本氏にやったように、貘が僕の中に入ってくるんだろう。それは一体、どんな感覚なんだろう。興味三割、恐怖七割という感じで、胸の周りが絞められるような心地がいつまでも無くならない。

 いくばくかして、教授がティーカップとソーサーを手に戻ってきた。椅子の傍にあるチェストに置いてくれる。


「すみません、何もしなくて」

「気にするな。これに関しては、かけられる人には出来ないことだから」

「そうなんですか」

「儀式の一種だからね。本来は私が一通り行うものなんだが、先日は特別に一部分を君に代行してもらった」


 やはりあのお茶は眠らせるための魔法がかけてあったのだ。教授の魔法の性質上、必要なことだと言える。わけもわからずそれを代行したわけだが、あの粉末に魔力が込められていたのか、あるいは包みか服紗のいずれかに式が書かれていたのだろう。それならば僕の入れたお茶で魔法が発動したことに理由がつく。

 目の前にある日本茶――どうもほうじ茶のような香りがする。その他には別に変わったところは見られない。気になって教授の方をみたが、ゆるく目を細めてうなづいただけだった。「飲んでみろ」というわけか。ゆっくり、一口、二口と口に運んでみる。見た目の通りの味で、すんなり受け入れられた。

 飲んでいる間に教授が話しかけてきた。


「今日は君に明晰夢を見てもらおうと思う」

「明晰夢……」

「なるべく起きているのと同じ状態を保ったまま、貘による先導で君の過去を探る。いけるところまで」

「最後が急にフワッとしましたけど」

「智樹くんの十九年分の過去に原因が見つかればいいが、そうでなければ過去生にアクセスすることになる。こうなったら長く探索することはできない」

「まさか、帰ってこられないかも、とか」

「そういうこともあるね。魂に刻まれた過去の記憶に、現在の君の精神が引っ張られてしまう、とかね。智樹くん自身としての人生を振り返る以上にリスクがある」


 貘に先導してもらうということは、そこに繋がっている教授も道連れにしてしまう可能性があるということだ。それだけは避けなければならない。僕自身には何かできることはあるだろうか。


「怖い話をして申し訳なかった。そうはならないように私も努力する。危険が及ぶようなことがあれば、すぐに引き上げるよ」


 空になったカップをチェストに置き、安楽椅子の背もたれに身体を預ける。靴を脱いで、フットレストに足を乗せると、緩やかに身体の力が抜けた。お茶の効果が出てきたのかもしれない。自然とまぶたが降りてくる。薄い暗闇の中で、教授の声が響く。


『貘よ 彼の者の路を開き 導きたまえ 我ら盟約のもと生きるものなり』

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