第5−3話
『
教授の周りがぼんやりと輝き、しゅるしゅると光が固まって、像を成した。
小さい時に本で見たことがある。実在する動物であり、悪夢を喰らう妖の名でもある、貘。その姿が空中に浮いている。
教授は更に続けた。
『彼の者の望みを聞き 路を開きたまえ 我ら盟約のもと生きる者なり』
光で出来た貘が、遠吠えをするようにひと鳴きすると、松本氏の頭へ一直線にダイブして行った。鼻先がぶつかったと思うと、その部分が水面のように揺らめき、貘はその中に消えていく。尻尾の先まで消えたところで、教授の周りを覆っていた光も消えていった。
「もういいよ」
「あっ……はい」
もう声を出して良いという合図か。一瞬、何の許可だったか分からなかった。
「今のは……」
「きちんと話をしよう。全部ね」
教授に促されて、先ほど二人が使っていたソファーに座った。眠っている松本氏を起こさないように配慮したのだろう。向かい側に教授も座る。
「離れて大丈夫なんですか」
「ああ。彼の体調は貘を通してモニターしている。何かあればすぐに戻すよ」
「戻す」
「さっき君が見たものは、私に取り憑いている妖だ。そして私は家業として、望む相手に予知夢を見せる、そういう仕事をしている」
心臓が大きく跳ねた。まるで絵本に出てくる魔法使いじゃないか。
僕たちが知っていて、毎日使っている魔法は、人にかけることはほとんどない。エネルギーの一つとして解釈されて、必要な手順に沿ってスイッチを入れるだけだ。それが当たり前だと思っている。でも、みんな、心の奥底で今も憧れている。自由自在に炎を出したりすること、光のバリアを出すこと、できるはずだがやり方は難しい。それが出来るのだ、この人には。自分の体が熱くなっているのを感じる。
「私の苗字は知っている通り『貘』であるが、これは私の家が〈妖憑き〉の一族であることに関係している」
「〈妖憑き〉?」
「自らに妖を取り憑かせ、その力を使って独自の魔法を作り出してきた一族のことだ。その一族は、私の家を含めて三家ある。起源は平安時代まで遡り、千年にわたって細々と暮らしてきた。陰陽道を修め、貘との契約で夢見の力を得た我が一族は、その強力な力を称えて帝から『貘』の名を賜ったそうだ」
授業では聞いたことがない話だ。いや、魔法時代そのものがここ五十年程度の歴史しかないので、それより前に魔法にまつわる歴史があったとしても認められていないのかもしれない。……それにしても帝、ちょっと安直すぎないか。
「私の家以外でも、取り憑いている妖の特性を生かして、家業を営んでいる。その希少性から〈協議会〉の発足当初から秘匿・保護されているが、特殊な技ゆえに国の中枢まで関わっているケースもある」
「知りすぎてしまう、とかですか」
「私のように予知夢を見せるのはまだ可愛い方だが、運命に直接干渉する力も存在するから、はっきり言って〈妖憑き〉は驚異なんだ。自由は補償されているが、安全上の問題から、家業については限られた人しか知らない。〈妖憑き〉の家は、ほとんどが二つの仕事を持ち、本性を隠している。特別なことがない限りは、誰にも教えられないんだ」
じゃあ、今は「特別なこと」が起きている状況なのだろうか。僕にはどうにもこの状況が理解し難い。
教授はいつの間に淹れたのか、お茶を一口飲んで「あの魔法はどうだった」と聞いてきた。
「どうって」
「どのように感じた」
「何というか、幻想的というか。教授の魔法は飾りじゃ無い、効果として本物と言えるものでしょうから……ああいう、美しい、人にかける魔法が存在するとは思いませんでした」
「……そうか」
存外に小さな声で教授は吐息のように呟いた。
「君がそう言ったくれてよかった。こんな怪しい行為はごめんだと言われたらどうしようかと思っていた」
「いえ……え?」
「私は今後、君の体質を調べるために、この魔法を使う。さっき見たようなことを、君に試そうと思う。夢見の力で、体質の原因を探ることができるかもしれない」
思ってもいない話だった。そんなことが出来るのか。いや、この人ならやれるはずだ。にわかに希望が見えてきた。さっきの光景を思い出すが、痛いとか苦しいとかそういうことは無さそうだ。
「じゃあ、ここに連れてきてもらったのは……」
「私の仕事と、魔法を見てもらうためだ。話すよりも早いだろう。それに、助手であり続けるならば、情報が必要だろうと思ってね」
なんだ、そんな単純なことだったのか。教授曰く、仕事で長く世話になっているこのホテルでなら、秘密も守られると考えてのことらしい。老舗のホテルに勤める人は口が固いそうだ。警備面も申し分ない。
「ちなみに、松本氏もどこかのVIPってことなんですよね」
「業界第一位の松本自動車代表取締役のことを、まさか知らないはずはあるまい?」
日本で初めて魔力推進の自動車を作ったパイオニア。松本が傾けば日本が傾く、とすら言われる自動車業界の雄。朝に見たはずの就任記者会見のことを、僕はすっかり忘れていたのだった。
「ま、だからと言って態度や対応を変えることは無いがね。私にとっては昔からのお得意様で、他の顧客とそう変わりない」
「そのクールなところ、すごく尊敬します
「だろう?」
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