次の日は、ご飯を食べるとき以外、ひたすら部屋でショーの練習に励んだ。

 日も陰ってきた頃、ピンポン、とチャイムが鳴る。家族はみんな出払っていたので下に行くと、家の前にディミトリーが立っていた。


「今開ける」と玄関の扉を開けると、ビックリした顔のディミトリーと目が合う。


「顔……、どうしたの?」


「……別に」


 昨日の殴られた跡のことを言っているのだろう。言ったら気にするだろうと、察しのいいディミトリーが何か言う前に話を変える。


「どうしたんだよ。何か用?」


「あっ、ショーのタイムスケジュールが変更になったから持ってきたんだ。

あと、ここのことで相談したくて」


 ディミトリーがいつものスケッチブックを取り出す。


「玄関じゃやりにくいだろ。中入れよ。

誰もいないから大したもてなしできないけど、茶くらい出すよ」


 とりあえず自分の部屋に案内してからキッチンを物色し、パックの紅茶とお菓子を適当に持って部屋に戻る。

 ディミトリーは部屋の入り口で突っ立って待っていた。


「なんだよ。適当に座れよ。

って、散らかりすぎてこれじゃ無理か」


 部屋にはさっきまで練習していた道具がそこかしこに散乱していた。


「あっ、ううん。

マルクらしい部屋だなと思って、見てただけだよ」


「オレらしいって、どんなだよ」


「乱雑だけど、好きなものが詰まってる感じ、かな」


「なんだそれ」


笑いながら物を隅に追いやって、テーブルにジュースとお菓子を置く。

クッションを投げてディミトリーに座るように促し、コップに紅茶を注いで渡す。


「ありがとう」


 一口飲んで喉を潤わせると、ディミトリーがもう一度スケッチブックを出して、早速さっきの続きを始める。



 一通り打ち合わせが終わると、気になっていたことを聞いてみる。


「ドレスどう?出来そうか?」


「ん、もう生地の裁断は終わったし、明日から縫ってく予定。

大丈夫。来週までには仕上げるから」


「相変わらず、はえ。

やっぱ、ディミトリーはすげぇや」


「型紙が無事だったからね。なかったらヤバかった。

でも、すごいのはマルクも一緒でしょ。

今日一体何時間やってたの?」


 周りにあったたくさんの練習台を見て、ディミトリーが笑う。


「わかんね」


 本当は朝からずっとやってたが、それを知られるのはちょっと気恥ずかしい。そんなオレのことなんてお見通しと言わんばかりに、ディミトリーがクスリと笑う。


「前に、マイクの作品見て一緒にやりたいって思ったって言ったでしょ。ごめん。あれ、実は嘘で。

実習室で遅くまで練習してるマイクのこと見たんだ。すごく真剣で、でも楽しそうで。ああ、僕と同じだって思った。

だから、マルクとやりたいって思ったんだ」


「えっ?」


かぁぁっと顔に熱が集中する。

恥ずかしくて、思わず肘で顔を隠すように覆う。


「んだよ。見てずに声、かけろよな」


「あはは、ごめん。

でも、あまりにも集中してるからさ。邪魔したくなかったんだ」


 同じだと思ってくれていたことが嬉しかった。オレもそう思っていたから。こんなに同じ熱量で打ち込んでるやつに出会えたのは初めてだった。


「これ終わっても、また学祭とかで一緒にやろうな」


 軽い気持ちで、でももちろん了承してくれるだろうと思った。でもディミトリーはすごく寂しそうな顔で、「どうかな……」と答えた。

 でも、オレの驚いた顔にすぐハッとなって、「僕はもう3年だから、そろそろ就活しなきゃいけないからね。」と、笑顔で取り繕った。

 一瞬見せた寂しそうな顔が気になった。でも、もっともな理由に、オレは「そうだよな」としか答えることができなかった。

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