学内のカフェで顔を突き合わせて、一冊のスケッチブックを見ながら意見をすり合わせるのが、放課後の日課になっていた。

 ディミトリーは、確かに頑固なところもあるが、嫌な感じはしない。むしろ、服への深い愛情に好感さえ持てた。なにより、あーでもないこうでもないと、2人で一つの作品を作り上げていく作業は楽しかった。



 ショーまであと2週間。ディミトリーのドレスはほぼ仕上がり、あとはモデルを交えての微調整と、ドレスと共布の髪飾りの仕上げにかかっていた。

 オレもヘアアレンジやメイクを何度も練習し、ショーに備えていた。


「あー、腹減ったな……」


 作業で疲れた手を振りながら、椅子の背もたれに全体重をかけてもたれかかる。

 細かいビーズを一つ一つ縫い付けていたディミトリーが、顔を上げて左右に頭を倒しボキッと首をならす。


そりゃ、下向いてあんな作業ずっとやってりゃ、首も凝るわな。


「なんか買いに行こっか。

僕もコーヒー飲みたくなっちゃった」


ディミトリーが微笑みながら言う。


「その前に肩もんでやるよ。

オレ、けっこう得意なんだぜ」


「え?」


 驚いているディミトリーをよそに、後ろに回って力を入れて肩を揉む。耳に顔を寄せて、「お客さん、気持ちいいすか?」とふざけて囁くと、ディミトリーが大袈裟にビクっとなり椅子からガタンと立ち上がる。中腰だったオレは後ろにのけぞって、危うくこけそうになりながら、「ディミトリー耳くすぐったがりすぎ!!」とゲラゲラ笑った。


「もー。そんな笑わないで。購買行くよ」


 先に立ってディミトリーが歩き出す。心なしか赤い顔の意味を、このときのオレは、まったく分かっていなかった。

 


 ディミトリーはコーヒーを、オレはパンとジュースを買って教室の前の廊下を歩いていると、オレたちしかいなかったはずの教室から数人の話し声が聞こえた。不思議に思いドアを開けると、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。ディミトリーのドレスが、2人の男たちの手に持ったナイフで無残にトルソーごと切られ、床には切れ端やビーズが散らばっていた。


 頭の中が真っ白になる。


 気がつくと、オレは「わぁぁ!!」と叫んで男たちに殴りかかっていた。ディミトリーが遠くで何かを叫んだけど、血の上った頭には何も聞こえない。

 ダァン!と1人の男を押し倒し頬を思い切りグーで殴る。倒れた拍子に手から落ちたナイフを拾い上げると、「ひっ!」と男の顔が引きつった。もう1人の男もオレの剣幕にビビって腰を抜かす。


「あれを、ディミトリーがどんな必死な思いで作ったと思ってんだ!!何であんなことした!!答えろ!!!」


 ナイフを振り上げ、思い切り床に投げつけたそのとき、ディミトリーが後ろからオレに抱きついた。


「マルク、もういい。大丈夫だから……」


「いい訳ねぇだろ!!」


「大丈夫。服はまた作ればいい」


「そういう問題じゃねぇ!!!」


「僕は、マルクが怪我する方が嫌なんだよ!!」


 いつも穏やかなディミトリーの聞いたこともない大声に、一気に頭が冷める。

 男たちはナイフを拾い上げると、立たない腰でドタバタと逃げていった。

 殴った右手は赤くなって、少し切れて血が滲んでいた。

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