【110】実に心地良い


 チート城を出る。

 湖からやってきた風が、気持ちよく頬を撫でた。

 本当に魔族の支配領域とは思えない長閑さだ。


「まずはあの集落でパーに関する情報を集めましょう。もしかしたら、簀巻きから逃れたあやつめが逃げ込んでいるかもしれません」


 ディル君の台詞に私はうなずいた。

 私だったら、巨大自立城に簀巻き引きずりの刑に処せられようものなら、この集落で一生心の傷を癒したいと思う。

 まあ、パーさんなら大丈夫だと思うけど。なにせサイン色紙を残すくらいだし。


 集落に向かうのは私、ディル君、そしてアムルちゃん(着替え済み)。

 カラーズちゃんたちはヒビキとともにお留守番である。


 集落に続くなだらかな道を歩く。

 あれほど巨大で異形な城が近づいてきたのだ。とっくに集落の人たちには知られているはず。けれど騒ぎになった気配がまったくない。

 私は不安になった。


「もしかして、誰も住んでいないのかな……」

「何用だ」


 ――唐突に、その声が聞こえた。


 私たちは慌てて辺りを見回す。だが、それらしい人影はない。

 では、空か?

 頭上を見上げる。

 澄み切った良い天気が広がるだけだ。

 私たちは顔を見合わせた。


「もしかして、気のせい?」

「失礼な。こちらが『何用だ』と聞いているのに無視するとは」


 ――また、同じ声がした。


 アムルちゃんが私の袖を引いた。

 彼女が指差す方向に視線を向ける。


 下。

 地面。

 顔があった。


「ようやく気付いたか。お前たちは――」

「きゃああああっ!?」

「ああうるさいっ。地面に震動が響いて不快だろうがっ」


 私は口を押さえる。

 道のすぐ横、顔面だけ地上に出して、あとは全部地中に埋まっている髭のお爺さんがそこにいた。わけがわからない。


「あの」


 言葉は通じるようなので、恐る恐る声をかける。


「どうしてそんなところに埋まっているのですか?」


 髭のお爺さんはきょとんとしていた。

 しばらく天を見上げ――なにしろ埋まっているので他に見る方向がない――、やおらカッと目に力を込めて断言した。


「実に心地良いのだ!!」


 あ、これヤベェ村だと思った。


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