【95】さすがに失礼なので


 魔王パー……なんとかさん、って言ったっけ。

 え? 魔王?

 魔王って、あの魔王?


 私はまじまじと魔王パー……なんとかさんを見た。


「とても魔王には見えないけれど……」

「失敬な。我が溢れ出る威厳が目に入らないか」

「ただの貧血気味な男性にしか」


 正直に言うと、魔王パー……なんとかさんは眉を下げた。

 地味にショックを受けたらしい。


 いやでもさ。

 明らかに線は細いし、実際非力だったし、魔力もそこまで感じないし。

 顔の作りは綺麗だけどさ。ディル君みたいに。

 だからこそ非常にもったいない。


「主様。もしかして俺に失礼なこと考えてます?」

「ちょいちょい私の心を読むのはやめなさいとあれほど」


 まあ、それはいいや。


 私は特別席にいるアムルちゃんお父様を振り返った。

 特別戦のルールに照らすと、これ、どうなるのだろう。一応、魔王パー……なんとかさんは参加者の中で唯一意識を保っていた人だし。

 お父様はうなずいた。


『退場』

「だそうです」

「うおおおおおっ!?」


 雄叫びを上げる魔王パー……なんとかさん。

 結構な声量だ。もしかして、さっき参加者たちの怒濤の叫びを煽ったの、この人じゃないでしょうね。


 私は魔王パー……なんとかさんの背中を押した。


「ほら、魔王パーなんとかさん」

「魔王パーレグズィギスゥトゥである!」

「早くここを出ましょう。ご飯食べて、シャワー浴びて、ゆっくり寝れば、恥ずかしい失敗も忘れますよ」

「やはり優しい……ではなく。恥ずかしい者前提で我をなぐさめるのはやめたまえ!」


 ちょっとだけ涙目になりながら、魔王パーなんとかさんは振り返る。

 彼は私の手首をぐっと握りしめた。


「我がここに来たのは他でもない! 聖女カナデよ。我はそなたを伴侶として迎えに来たのだ!!」

「…………は?」

「うむ、聞こえなかったようなのでもう一度言おう。我はそなたを伴侶として迎えに来た! さあ、いざともに参ろ――」

『警備の皆さん、不届き者です。つまみだしてください』

「主様の貞操の危機だ! 野郎ども、やってしまえ!」

「聖女様、こちらへ! 手が汚れてしまいます!」

「うおおおおおっ、聖女様に手を出すなああああっ!!」


 ――私が呆けている間に、大変なことになってしまった。

 集団リンチに発展しかけたところを、何とか止める。


「みんな、ストップストップ! そこまでしなくていいから! えっと、魔王パー……」


 やっぱり名前が出てこない。

 しかし何度も何度もパーなんとかさんと呼ぶのはさすがに失礼だと思った。

 あ、そだ。


「私は気にしてないですから、早くおうちに帰ってくださいね。パーさん」

「主様……それは何というか、二重の意味でひどい」


 え、ダメだった?

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