【94】貧血男
「ふふふふ……ふははは……!」
まだ聞こえる。笑い声。
確かにディル君とは違う。
あの弟わんこなら、もっと人を小バカにした腹の立つ笑い方をする。こんな風に鳥肌が立つような笑い方ではない。
「主様。やっぱりひどくないです? 俺の評価」
「自分の胸に聞いてみなさい」
カラーズちゃんも、観客席にいる人たちも、だんだんと不安を露わにしていく。
相手の姿は、見えない。
私は深呼吸した。
「帰りましょう」
「ちょっと待ちたまえっ!」
踵を返した途端、慌てたような声。
よく見ると、闘技場の一角がもぞもぞ動いている。気絶して折り重なった参加者の下敷きになっているようだ。
「ふはは……ふぐっ!? ふぬっ!? 重い、動かぬ……ふふ、ふはははんんむぅー!」
……必死こいてどかそうとしつつ、笑い声は維持しようとしている。
器用だなこの人。
とても危険な匂いがする。
カラーズちゃんがおろおろしながら私を見ている。私はため息をついて、もぞもぞ笑い男の元に歩いた。
「ふふふ……ははは……。あの、助けてくれまいか」
「はいはい」
私はダウンしている参加者をひとりひとり運び上げた。
どちらにしろ、気絶した参加者はそのままにしておけないと思っていたのだ。
体重が軽そうな人はカラーズちゃんに任せ――スカーレットちゃんにはヒビキの世話を頼んだ――、重そうな人は私が運ぶ。誠に遺憾ながら、私の倍ぐらいタッパもウエイトもある男の人なら二人くらい余裕である。本当に遺憾である。
「ふははは! ようやく相見えたな、聖女カナデよ!」
「笑ってないで手伝って」
「あ、はい」
声の主をろくに見もせず私は指示した。素直に従うあたり根はいい人なのかもしれない。
アムルちゃんたちも手伝って、ようやく参加者たちの退場が完了した。
皆、怪我はなさそうだ。何人かは途中で目を覚ましていたし、本当によかった。ごめんね。
「そろそろいいだろうか?」
自信を無くした声に、全員の視線が集まる。
そこに立っていたのは、背の高い細身の男だった。真っ黒いをワイルドに伸ばしている。全身の服も黒尽くめだ。
男は端正な顔を不敵に歪めた。
「ここで会ったが百年目。我こそは――」
「ねえ。ちゃんと食べてる?」
「……実は三日前から何も」
正直に打ち明ける男。
だってさ、顔色真っ白なんだもの。明らかに鉄不足って感じで。
それで細身だったら心配にもなるよね。
「後でアムルちゃんに言って、食べ物わけてあげるから。それで今日は帰りなさいな」
「何という優しさ。やはり我の目に狂いはなかった」
咳払いする貧血男。
彼は大仰なポーズを取って言った。
「我が名は――魔王パーレグズィギスゥトゥなり!」
――パー……なんだって?
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