【67】賑やかで楽しそうだね


「あのさ。その格好、何?」

「これですか? 瘴気を軽減するマスクです」


 しゅこー。


「いやいや。何でそんなものがあるの?」

「それは聖女様。毒の沼地に赴くのです。それなりの備えは必要かと思いまして」


 しゅこー。しゅここー。


 準備が良いことは認めよう。


「で? 数は四つだけ?」

「はい。ディル殿が四つで十分だとおっしゃられて。これを用意したのもディル殿なのです」

「貴様か!!」


 しゅここここここ――笑うな!

 っていうか、あんたマスク必要ないでしょ!


 アムルちゃんがマスク姿のままやってくる。


「お姉様。よろしければわたくしのマスクをお使いになってください。わたくしの呼気が、お姉様の吐息と融合するなんて望外の幸運です」

「ごめんいらない」


 たぶんだけど、私の生前の記憶を読んだな、あの弟わんこめ。あんなコッテコテのガスマスク、この世界に存在するのが不自然でしょうが。


 私は頭を切り替え、静かに集中した。魔力を身にまとう。すると、呼吸がすっと楽になった。

 思った通り。これでマスクがなくても大丈夫なはずだ。


 ――マスク集団にすっかり怯えてしまった枯れ木人形をなだめ、先を急ぐ。

 結構な時間を歩き、ようやく目的地にたどり着いた。


 ひと目、その景色を見た私は思わずつぶやいた。


「広い……それに、綺麗」


 そうなのだ。

 洞窟の中とは思えないほど広大な空間だ。たぶん、野球場くらいはあるんじゃないだろうか。

 これは沼というより、もう湖。

 湖沼面は、アメジストのように紫色に輝いていた。ところどころ、沼の底に光が灯っていて、空間全体を神秘的に染めている。

 確かにこれは……『幻の毒沼』と呼ばれるのもわかる気がする。


 そしてもうひとつの驚きが――。


『聖女様。ここが我らの住処でございます。今ここにいるのは、ざっと二千体ほどです』 

「……賑やかで楽しそうだね」


 私はできるだけ平静を装って答えた。

 もし彼らと敵対したままここに突入していたら――考えたくない。


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