【68】家族に見守られているような


 気を取り直し、ここへ来た目的を話す。


「私たち、この湖の水を少し分けてもらいに来たの。お酒造りに必要なんだ」


 敢えて毒沼と言わず湖と表現した。

 枯れ木人形は戸惑ったように首を傾げる。


『それはまったく構いませんが……しかし、お世辞にも人間に耐えられるとは思えません。よろしいのですか?』

「うん。この水を人が飲めるように浄化すること。それが私の役目だから」


 そう答えると、枯れ木人形が『おお……!』とつぶやいた。彼(彼女)以外の枯れ木人形たちも、まったく同じ調子で『おお……!』と言う。

 もしかして、それぞれの個体の意識は繋がってるって奴なのかな。

 二千体分の声が揃うのはなかなか圧巻だった。正直言って漏らしそう。怖くて。


 枯れ木人形が道を空ける。毒沼湖のほとりまで近づく私。

 すると、すぐ後ろに人の気配がした。アムルちゃんだ。

 彼女はいつの間にか覚醒した姿に変わっていた。マスクも外している。


「お姉様。お手伝いいたしますわ」

「アムルちゃん。その姿……」

「ディルお兄様が力を分けてくださいました。短い時間ですが、お姉様のサポートなら可能です。それと」


 後ろを振り返る。

 アムルちゃんのお父様とお母様、それからディル君が、一抱えほどの樽を準備していた。


「素材の採取は父たちにお任せを。お姉様は浄化に集中してくださいな」

「皆……。ほんと、やっぱりいざってときは頼りになるね」


 私はアムルちゃんの柔らかい髪を撫でた。

 にこっと笑った天使の顔を見る。


「みなぎっっっってきましたわ」

「落ち着けください」


 それから私たちは浄化の踊りを舞い始めた。

 もう、身体が覚えている感じ。

 一緒に踊るアムルちゃんの存在を感じなくなる。呼吸、動き。一心同体になった心地よさだけがあった。


 魔力が広い空洞内に広がっていく。

 真っ白な輝きが満ちていく。

 湖の色が、より透明感を増していく。


 不思議な感覚だった。

 五感がどこまでも広がっていく感じ。

 心臓の鼓動があちこちから聞こえてくる感じ。

 家族に見守られているような、温かい感じ――。


「お姉様……」


 アムルちゃんの声に、手を止める。


「終わりました、わ……」

「うん。お疲れ様」


 ねぎらいながら、目を開ける。


 ――ずらりと並んでいた。

 私が。

 私、が。


 え? 私がいっぱい?


『あの。聖女様……我々のこの姿は、いったい……?』


 一番近くに立っていた『私』が可愛らしい声で言った。

 そこはさっきまで案内役の枯れ木人形君が立っていた場所で――。

 他にも枯れ木人形たちが立っていた場所に、私とまったく瓜二つの姿をした女の人がずらりと立っていて――。


 え。

 あれ。

 これって、あの。

 家族に見守られているようなってまさかのこういうオチ――……?


「しゅこここここここっ!!」

「ソコ笑うな弟わんこ!!!」


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