【58】う、うむ
「まあ、私たちのような下々の者の名前など聖女様にはノイズでしかないですよね。失礼しました」
のんびりとした口調と微笑みで自虐するお父様。
え、本当に名乗らないおつもり?
いえ、失礼ではないのでぜひお名前を。
「左様ですか。それでは改めて、私は――」
「ははは! 細かいことはいいではないですか聖女様ーッ!」
「――妻もそう申しておりますので、どうか我らのことはお父様、お母様と」
あ、これ頭が上がらないパターンだ。
私は眉間を押さえた。
これさ。歓迎されてるの? ディスられてるの? どっち?
アムルちゃんが腕に抱きついた。
「お姉様、本当はお付きの方々も呼びたかったのですが、わたくしの力不足で申し訳ありません」
「お付きの……ああ、冒険者の人たちね」
「お母様のしゃてい? ですわ」
幼き少女の疑問形がことさら怖ろしい。
でも納得。
つまり、アムルちゃんの一家はお母様が前面に立ち、お父様が補佐をするという力関係なのだろう。いかつい見た目の冒険者さんはお母様繋がり、と。
……普段なにをしている方なのだろう、この人たち。
思い出した。
お付きの冒険者さんが言っていた。お嬢――アムルちゃんは由緒正しき教会の血筋だと。
「まったくうちの腰抜けどもはどいつもこいつも情けない。腕の一本や二本、頭の一つや二つどっかいったって死にはしないのにさ! どう思う夫よ」
「そうだね。聖女様は生け贄は望んでいなかったと思うな。あと、それだと生きてる人間の方が不可思議な存在だと言えるね妻よ」
「そっか。そりゃそうだ。あはは! 後で目一杯自慢話してやろう!」
由緒正しき。
教会の。
血筋――とは?
「さて、と」
ひとしきり笑って満足したのか、お母様が私を見た。
そして――優雅に、まるで万雷の拍手に応える舞台役者のように、礼をした。
「聖女カナデ様。このたびは我が娘をお救い頂き、誠にありがとうございました。我ら一族、そしてレギエーラの信心深き者たちを代表して、篤くお礼申し上げます」
言葉を失う私に、今度はお父様が腰を折る。
「貴女様に忠誠をお誓いするため、馳せ参じました。我らの命、どうかお好きにお使いくださいませ」
最後に、アムルちゃんが大人びた仕草でひざまずく。
「すべてはお姉様……聖女カナデ様の御心のままに」
ほんの数秒前まで。
騒ぎに騒ぎまくっていた彼らの変貌ぶりに、私はすっかり呑まれてしまって……。
思わず、応えてしまった。
「う、うむ」
――後ろでディル君が吹き出していた。おい、今の忘れないからな。
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