【57】私はまだ知らない


 まさかのご家族揃って参上。

 もちろん聞いてない。


 なんでも、アムルちゃんからこれまでの経緯を聞いたご両親が、ぜひ私にご挨拶したいと希望したそうだ。

 一分一秒でも早く――というご希望のもと、できあがったばかりの転移陣を使って城まで来たと。


 私はアムルちゃんに聞いた。「ディル君から言われていたよね。転移魔法はまだ不完全だって」


 アムルちゃんは答えた。「はい! 障害は乗り越えるものだと!」


 違うそうじゃない。


 ご家族転移をぶっつけ本番でゴリ押しするところ、それで成功させてしまうところは本当にスゴイが……。

 いや、今はそんなことより。


「貴女が聖女様! 娘がいつもお世話になっております! それにしても素晴らしいお身体をされている! たおやかで気品があって神々しいのに、肉体の芯から『力強さ』がある!」

「あ、あの……離してくださ」

「素晴らしい! もっと味わっていたい! ぎゅううううっ!!」


 ねえ、何で私、背骨を砕かんばかりに抱きしめられているの?

 しかも――。


「『お母様』! ずるい、わたくしもお姉様をぎゅーってしたいのに!」

「ははは! こういうものは早い者勝ちと相場が決まっているのだ。まだまだ甘いな我が娘よ!」


 私よりも頭一つ大きな『お母様』。私から言わせれば貴女の方がずっと凄まじい肉体をされています。

 身なりこそ貴族の淑女といった様子だけど、腕とか肩とか腹筋とか、完全に戦士もののふのそれである。


 っていうか、カナディア様の身体じゃなかったら冗談じゃなく背骨を折られて絶命してない、私?

 もしかしてお母様が言う『素晴らしいお身体!』って、これだけ全力で締め上げても死なないスゴイ! って意味ですか?

 遠回しに『娘はやらんぞこのやろう』と言われていますか?


 ……あ、お母様の服にピリっと亀裂が。あまりの筋力に繊維がついていけてない。


「ちょっと失礼」


 そのとき、影のようにすすっと近づいてきたお父様が、どこぞに隠し持っていた裁縫道具で素早く服のほつれを修繕した。魔法でも使っているのか、と思うほどの手際の良さと仕上がりの綺麗さだ。


 それからお父様は私に向かって深々と頭を下げた。


「突然お邪魔して申し訳ございません、聖女カナデ様。私はアムルの父の――」

「わたしが母だあーッ!」


 割って入るお母様。おかげでおふたりの名前を私はまだ知らない。

 誰か助けて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る