【50】才能がありますね


 ヒビキは私の目線と同じくらいの高さに浮いていた。

 天使のデスノートを小さな手でしっかりと抱え、ふーわふーわと――。


「ディル君ディル君!」


 ゴブリンそっちのけで私は弟わんこ君を呼んだ。


「ヒビキが、飛んでる! 飛んでるよフワフワーッて!」


 尻尾の先で適当にゴブリンをあしらいながら、ディル君が振り返る。

 彼は言った。


「今更ですよ」

「ええっ!?」

「イノシシを一撃で撃破したり、張り手で魔物を100メートル吹っ飛ばしたり、城が自律歩行したり、魔王すら呪殺できる本を作ったりしてたじゃないですか。俺たち」

「いやっ、まあっ、そうっ、ですよね」


 今更ですか。

 今更ですね。


 ……ちょっと落ち着いた。

 確かにまったく無防備で動けないより何倍もマシだ。

 やっぱりすごいなウチの子。うへへ。


「表情筋を破壊していないでこっちを手伝ってくださいよ主様」

「辛辣じゃない? ごめんね」


 集中し、魔力を練り上げようとしたとき。


「待ってディル君」

「今度は何ですか」

「ヒビキが絵を描いてる!」


 一瞬で集中を解いてヒビキに駆け寄る私。

 いつの間にか本の封を解けていて、ヒビキは白紙のページに色鉛筆で絵を描いていた。

 きゃっきゃとご機嫌で、丸いぐしゃぐしゃを描くヒビキを、私は後ろから手を叩きながら見守った。


「上手だねえヒビキ!」

「あー、きゃっきゃっ!」


 小さなおててが色鉛筆を走らせる。

 ぐるぐる、しゃっ――どしゃあ!!


「え?」


 ぐるぐる、しゃしゃっ――ばしゅう!!


 なんかお絵かきには似つかわしくない破壊音が聞こえる。

 恐る恐る顔を上げると、今まさにゴブリンタイプの魔物が塵となって消えるところだった。

 なぜだろう。ヒビキの手の動きと、魔物の断末魔が妙に一致しているように見えるのだけど――。


「ははあ」


 戻ってきたディル君が顎に手を当てた。


「この黄色いぐるぐるが、たぶん魔物のことなんでしょう。で、色鉛筆でバツ印を入れるたびに魔物が吹っ飛ぶと」

「天使のデスノート!!」

「才能がありますね。呪殺の」

「うわあああああん!!」

 

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