the V c.2
異変はフリッツがアリアーヌを捕獲するために高度を下げていた時に発生した。
何の前触れもなく右の翅から揚力が失われたのだ。
フリッツの耳元には僅かな空気の炸裂音が聞えたような気がした。
しかし、それも小さな音で僅かな間の音であった。
何が起こったのかフリッツは理解できていない。確実なのはこれ以上飛ぶことはできない事だ。
十分な浮力が突然失われたフリッツはその場で落ちていくしかなかった。魔法で空を飛ぶことは誰にもできない。
真っすぐに飛ぶこともできず不安定な航跡を描きながら落ちていく。
唐突な異変にフリッツは珍しく動揺していた。
自身へ魔法が使用された形跡は無かった。接近者の探知は呼吸をするようにできるのだ。判断を誤るはずが無い。
周囲の警戒は怠っていなかった。墜落している最中でも警戒しているのだ。簡単に接近を許す事はあり得ない。
正直なところ気配察知は得意ではない。それでも五メートル範囲に近づけば後方でも察知はできる。
更に現在は落下中だが空中を飛んでいるのだ。目視でも近づけば分かる。
落ちながらも周囲には誰もいない事を確認済みである。
森の木々に隠れてしまうと判別できないが、それでも一キロ先までなら目視で確認ができる。
そのフリッツの目はアリアーヌしか存在を確認できていないのだ。
そのアリアーヌも逃げているだけでフリッツに攻撃をする動きは見せていない。そもそもフリッツには気づいていない筈である。
一体どこから攻撃されたのか?
落下の間にもフリッツの思考は止まらない。
自身の翅の硬度はミスリル製の防具を上回る。今まで傷をつけられた事もない。
それが蝶の繊細な翅のようにあっさりと破られてしまったのだ。
あり得ない事なのだ。
皮膜のみ正確に狙われたようで痛覚は無いのが現実を容易に受け入れられない。
考えられるのは投石による攻撃ではある。
例えミスリル製の石礫だとしても、ここまであっさりと翅を破られる筈は無い確信がある。
ミスリル以上の硬度の金属はある。それを石礫として制作して投げる事はあまりにも想像できない。
否、例え制作してもどこから投げたのか?相当離れている距離は確実だ。そんな距離から正確に狙う技術もあるのだろうか?
分からない事ばかりである。
瞬間、フリッツの気配察知が反応する。
落下する自分に合わせるように何者かが背後から接近してくる。
この体勢では防御もままならない。咄嗟に気配を探る魔力循環を抑え、身体強化による硬度上昇を行う。
これで大ダメージは回避できるはずだ。フリッツは接近者を目で確認する。
認識した瞬間に拳による一撃を喰らう。
バチン!と、鈍い音と共に衝撃がフリッツは知覚する。
久しく感じた事がない痛みをフリッツは受けたのだ。
顔面の一撃の衝撃でフリッツは意識が飛びそうになる。
「ちょっと寝とけ」
攻撃の主はフリッツに告げる。どことなく怒りが乗せられた声だ。
一瞬、確認できた人相。すぐさま特定の人物を思い出す。
(ぐっ!・・おのれ!フェリックス!)
最早アリアーヌの追跡をしている場合ではない。
薄れゆく意識でフリッツは落下していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます