the V


 フリッツはアリアーヌを追跡している。

 足場が悪く木々が多い森の中にもかかわらず真っすぐに追いかけている。

 その理由は単純だ。

 何故ならフリッツは空中を飛んでいるからだ。

 しかも背中から自身の身長より大きい黒い翅を広げ飛んでいるのだ。

 変わっているのは翅だけではない。

 貴公子のように整った顔にも変化は起きている。

 肌は青黒く、目は白目がなく濃い赤の瞳、口は大きくなり犬歯が伸びているようだ。

 手の指は肌の色より黒く、爪も長く伸びている。

 その容姿は街で見かけているものではなかった。

 フリッツは偽装していたのだ。森での追跡の為に不便な人としての偽装は捨てたのである。

 

 赤い目は真っすぐにアリアーヌを凝視している。獲物を追いかける肉食動物のようだ。

 口元は歪んだ三日月のうに笑みを湛え一人呟いている。

 

「随分と判断が早い。しかも素早い。やはり稀有な素質を持っている。今回の目的が無くても我が手元に置いておきたいものだ」


 飛行中にも関わらず随分と余裕があるようで丹念にアリアーヌを観察しているようだ。

 自身の目的を達成するためにアリアーヌを掌中に収めようとしているのだが望外な素質も確認できたようで十分に満足しているようだ。

 表情にも喜色が溢れている。

 

 アリアーヌとの距離は既に100メートルを切っている。

 フリッツの姿をしていた何かは遠くまでも見通せる目も持っているようだ。時折、背後を探るアリアーヌの表情を確認し喜んでいるのだ。

 

 フリッツにはある目的があってアリアーヌに近づいた。

 アリアーヌの能力はフリッツの目的を達成するために必要のようだ。

 フリッツは噂としては聞いていた。

 しかし、その情報は秘匿され、または捻じ曲げられ、真実にはなかなか辿りつけなかったのである。

 随分と時間がかかってしまった。

 まさかこの辺境の地にいるとはフリッツも想定外だったようだ。

 見つけた時には内心の感動を抑えるのに精いっぱいだったらしい。

 それもそのはず。長い年月をかけて探し求めた相手と出会えたのだ。

 残念な事に魅了は弾かれたが、時間をかけて洗脳し、自分を愛するように変えていけばいい。

 そしてあの方を探させるのだ。

 

 あの方さえ見つかれば。

 

 長年の想いに浸りながらなおも追跡する。

 目の前のアリアーヌとの距離は50メートルを切っている。この分では追いつくのに1分も必要無いだろう。


 アリアーヌの戦闘能力は無い事は把握できている。万が一にもフリッツが負ける点は無い。

 あとは以下に傷つけずに掌中に収めるかだ。

 

 愉悦に溢れた笑みしか溢れてこない。

 捕獲の手段を色々考えながらフリッツは高度を下げていくのであった。


 

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