唐沢卓郎(18)

 敦也は「真実の世界」をログアウトした後、悔しさと悲しみと怒りに苦しんでいた。大声を上げたり壁をなぐったり、もう里香でさえも敦也の中では怒りの対象になっている。


 さんざん暴れて疲れ、布団にもたれて呆然としていた時、ふとパソコンの画面に目が止まりメールに気が付いた。


 千尋からのメールだった。


 千尋の名を見てまた怒りが湧いてくる。


 今更何を書いてあっても、許すつもりはなかったが、どんな言い訳をするのか興味本位でメールを開いた。


 そこには千尋がここに入る事になった経緯や無差別復讐の事。後悔して幸せを見つけようと行動し出した事。全て言い訳じゃなく自分の未熟さを後悔していた。


(里香の思い出を壊してごめんなさい。里香の事をいつまでも大切に思ってくれていた優しい敦也君が大好きです。ようやく里香と同じように付き合えると思っていたのに全て台無しにしてごめんなさい。

 私はもうこの世から消えるのであなたの前には現れません。

 敦也君は素敵な男性です。良い人を見つけて幸せになってください。

                                     千尋)


 千尋のメールには公式アカウントからのメールが添付されていた。


「本当だったのか……」


 敦也は慌てて千尋にメールしたが、返信は無い。すぐに「真実の世界」にログインした。


 待ち合わせ場所の喫茶店に千尋はいた。


『ごめん、メール読んだよ。返事をして! 千尋! お願いだ、返事をしてくれよ!』


 いくら話し掛けても返答はない。ログアウトしないままで、本人はいないのだ。

もう一度メールを確認したが、返答はない。


「くそーーー!! なんでだよ!!」


 千尋も騙されて傷付いていたんだ。当たり前だここに居るのだから。なぜもう少し冷静になれなかったんだ。


 千尋は話をしようとしていたのに、なぜ話を聞いてやろうとしなかったんだろう。


 あんな酷い言葉を投げつけてしまった。千尋はどんなに悲しかったことか。


 千尋はもう……。


 俺がちゃんと聞いていれば千尋も里香も失わずに済んだのに。


「千尋……ごめん……許して……」


 シャワー室のドアが目に入った。


 最後に卓郎に簡単に事情を説明し、今までのお礼を書いたメールを送った。


「クズは俺の方だ。もう、ここに居る価値もない」


 今度こそ失敗しないだろう。もう里香も千尋もいないのだから。


 敦也はシャワー室のドアノブにタオルを巻き、首を入れた。



 美紀は電源が入ったままの、卓郎のパソコンを見た。画面はメールが開かれた状態で止まっている。敦也からのメールだった。悪いと思いつつ、メールを読んだ。


「そんな……」


 メールの内容は、敦也が卓郎に宛てた自殺をほのめかす、最後のお別れの挨拶だった。しかも敦也だけでなく千尋まで自殺するとの事だった。


 美紀は部屋を飛び出し卓郎の後を追った。



 卓郎は事務所の廊下を全力で走っていた。


 俺の所為だ。俺の自己満足な偽善の所為で敦也と千尋が死ぬかも知れない。


 卓郎はそう考えると胸が張り裂けそうな気持ちになった。


 卓郎は入所者管理課の部屋キーの管理室に飛び込んだ。


「唐沢君どうしたんだ、そんなに慌てて」


 管理人の小椋が驚いてそう問い掛けた。


「小椋さん緊急なんです! すみませんが入所者の部屋の鍵を貸してください」

「ええ? それは無理だよ。ちゃんと手続きの書類を持ってこなければ貸せないよ」


 小椋は迷惑そうだった。


「お願いします! 人の命が掛かっているんです」

「でも、勝手に貸したら俺も君も首が飛ぶよ」

「人が死にそうなのに自分の仕事の心配してどうするんだ! 一生後悔する事になるぞ!」


 卓郎は大声をあげてしまった。


「わ、分かったよ。俺はこの管理室の鍵を掛け忘れてトイレに行くから、後は自分でしてくれ」


 卓郎の剣幕に押されて小椋はそそくさと出て行った。


 卓郎は急いで鍵を二つ探し出すと部屋を飛び出した。


「唐沢さん!」


 管理室を出ると美紀が追い付いてきた。


「私も手伝います! 鍵を一つ貸してください」

「駄目だ! お前まで巻き込む訳にはいかない」


 卓郎は美紀の申し出を断った。処分必至の行動に美紀まで巻き込む訳にはいかなかった。


「私は偽善者です。今まで入所者の為じゃなく、唐沢さんの喜ぶ姿が見たくてがんばっていました。今、自分の立場を無くすのが怖くて何もしなければ、私は偽善者のままなんです」


 卓郎は美紀の決意に押された。


「分かった。千尋を頼む」


 唐沢は美紀に鍵を手渡した。


 二人は管理建屋を出ると二手に分かれ、入所者建屋を目指して走り出した。

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