唐沢卓郎(7)
「やんなっちゃいますよ。皆紹介した健康管理のサイトとか全然見てなくて。口コミで他の人に広がる事もないし。卓郎さんの方はどうですか?」
「俺の方も同じだな。活動が全然広がらない」
卓郎と美紀はパソコン部屋で、二人並んでモニターを見つめている。二人は自分達の活動が広がって行かない事に焦りを感じていた。
「やり方が間違っているんですかね……」
「……」
卓郎は美紀の呟きに返事が出来ないでいた。卓郎も同じように悩んでいるからだ。
和人もそうだったように、そもそも入所者は長生きしたいと望んでいないのだ。その意欲を改善しないと今の活動は意味がない。
どうしたら良いのだろうか……。
「あっ!」
モニターをみていた卓郎が声をあげた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや大した事じゃないかもしれないんだがちょっとな……」
卓郎は中島千尋のデーターを見ていたのだが、キャラの登録がまた変わっていた。それだけなら言う程の事ではないが、今回のキャラは中島千尋と言う実名だった。
卓郎は美紀に敦也の事も含めて千尋の説明をした。
「何か心境の変化があったんですかね?」
「一度接触してみるか……」
千尋は何を考え、何をしているんだ。それが分かれば、敦也に何が起こったのかも分かるかも知れない。
キャラの居所は卓郎のパソコンから掴むことが出来る。卓郎は「真実の世界」にログインした。
千尋は出会い系の公園に居た。卓郎はしばらく様子を見ていたが、千尋は誰に話し掛ける訳でもなくうろうろしている。ベンチに腰掛けたので近づいて話しかけた。
『お嬢さん一人で寂しそうだね? 俺と話でもしない?』
千尋は卓郎の方に顔を向けたが、何も返事をしない。
『俺は卓郎。よろしくな』
『ナンパなら勘弁して。そんな気分じゃないの』
出会い系のカテゴリーに居ながらも誰かに話し掛けるでもなく、こちらから話し掛けてもその気も無さそうな素振りだ。ちょっと俺の話し方が軽過ぎたのか。
千尋の素気ない態度に、卓郎はアプローチの仕方を間違えたかと感じた。
『ナンパは勘弁って、ここは出会いカテだぜ。ナンパしなくて何をするんだよ』
今更調子を変える訳にもいかず、軽い調子のまま、卓郎は許可も取らずに千尋の横に腰を下ろした。
『それに女の子が悲しそうな顔しているのに放って置けないだろ。悩みがあるのか? 話してみろよ、スッキリするぜ』
卓郎の言葉に、千尋は何のリアクションも返してこない。その顔は寂しそうに設定している。
実物はどうあれ、キャラの顔は笑顔にする事が出来るのに、それをしないのは余程落ち込んでいるからなのかと卓郎は思った。
『これは表情を切り替えるのを忘れていただけ。あんた気を回しすぎだよ』
『嘘を吐くのが下手だね』
千尋は嘘を吐いている。
卓郎は直観的にそう思った。
『嘘が下手? よく言うぜ。俺はおっさんなんだぜ。お前騙されているのに気づいてないじゃねえか』
やはり嘘を吐いている。千尋は間違い無く女なのだ。なぜ千尋は嘘を吐いて本心を隠すのか?
『だから嘘が下手なんだよ。俺はキャラを見れば分かるの』
『何が分かるって言うんだ』
『そのキャラ自分に似せて作っただろ。今までで初めてか?』
『なっ?!』
卓郎は卑怯な手だと思いながらも、手持ちの情報を利用して、千尋を動揺させた。素直になって貰わないと相談にも乗れないからだ。
『……分かった、降参。全部あんたの言う通りだ。観念したよ』
『だろ? じゃあ、話を聞く前にまずは名前だ』
『見りゃ分かるでしょ』
『でも名乗れ』
『千尋……』
千尋は少し間を開け、呟くように名乗った。
『千尋か、良い名前だな』
『どうでも良いよ、そんな事』
少しでも千尋の気持ちを和ませたいと、卓郎は気を使ったが効果は無かった。
『それより、どうしてこのキャラが自分に似せて作ったと分かったの?』
『匂いだな』
『えっ?』
『ここでの暮らしが長いからな。悩んでいる奴は雰囲気で分かるんだよ』
本当の事が言えないので、卓郎は適当に誤魔化した。
『女性に匂うって失礼じゃない』
『怒るなよ。悩んでいるのは本当だろ? どうしてそんな悲しそうな顔をしているのか、話を聞こうか千尋ちゃん』
大丈夫、俺は味方だ。
卓郎は心の中で千尋に呟いた。敦也と何かトラブルがあったのかも知れないが、卓郎は千尋を責めるつもりは無かった。千尋も事情を抱え傷付いているだろうから。
千尋は卓郎に全てを打ち明けた。拓海との出会いから風俗に身を堕とした事、借金でここに入らなければいけなかった事、ここに入ってから復讐と称し男を騙していった事、拓海に良く似たキャラの男に復讐して無駄だと気付いた事。そして今生きる目的を失い不安と恐怖に怯えている事を。
卓郎は千尋が施設に身を落とした経緯は分かっていた。だがその恨みから、男に無差別の復讐をしていたのは意外だった。敦也が二週間姿を現さなかったのは、その復讐の犠牲者になり傷ついていたのだと考えた。
千尋は施設に入ってからも拓海と言う男を忘れられなかったのだ。好きだからこそ復讐したい。一見矛盾してそうだが、そう言う歪な形でも拓海と繋がっていたかったのだろう。
自分の行動に疑問を持った今こそ、千尋が立ち直るべき時だと卓郎は思った。
『へー良かったな。これで立ち直れるじゃん』
『何が良かっただ! 私は真剣に悩んでいるのに』
『これで千尋は拓海への依存から抜けられるよ』
『拓海への依存? 有る訳ない。私はアイツを殺してやりたいと思っているんだ。依存なんてしていない!』
『だからそれが依存だって言うの』
千尋は気が付いていないかもしれないが、その無視出来ない酷い憎しみは愛情の裏返し。無視出来ない程、相手に執着している証なんだ。
『千尋の中は拓海で一杯だったんだよ。最初はあこがれ、次に愛情、最後に憎しみだ』
卓郎は千尋を諭すようにゆっくり言葉を選んで話した。
『もう拓海の事を考えても無駄だと分かっただろ? なら、もうこれで終わり。拓海は忘れて、千尋はここで自分の幸せを見つけるんだ』
『自分の幸せ……』
『そう、男を不幸にして復讐するのではなく、自分の幸せを見つけるんだ』
幸せを見つける……。
自分で書き込んでおいて、卓郎はその響きにはっとした。
そうだ幸せを見つけるんだ。みんなここで自分なりの幸せを見つけるべきなんだ。それを手助けする事が俺の役目なんだ。
『でもこんな所で幸せなんて見つける事は出来ないよ。それにさんざん人を騙してきたのに幸せになる資格もないし』
「こんな所で」入所者に共通する思いだろう。だがそれでも前を向いて幸せを見つけなきゃいけない。
『幸せになるのに資格なんかいるかよ』
その時、卓郎は心からそう思った。
『悪かった事は反省すればいい。そして目の前に、誰かに傷つけられた人がいれば癒してやればいい。今お前に出来るのはそれだけだ』
『それで良いの?』
『それで良いんだ』
「それで良いんだ!」
『私でも幸せになれるの?』
『なろうと思えばなれるよ』
「なろうと思えばなれるよ!」
「大丈夫ですか? 唐沢さん」
急に美紀が心配そうに声を掛けてきた。卓郎は気持ちが入り過ぎて、自分が台詞を声に出していた事に気が付いた。
『幸せになって長生きしようぜ。それがここに閉じ込めた奴らへの本当の復讐だ』
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