梶田敦也(3)
次の日から、敦也は毎日「真実の世界」に入り浸って、卓郎にくっ付いて行動した。付きまとう敦也を迷惑がらずに、卓郎はいろいろな場所に連れて行った。日替わりで、釣りや映画鑑賞、旅行にと毎日が新鮮で敦也は楽しくて堪らなかった。
ある日敦也は、卓郎に連れられパチンコ店に行った。
『パチンコって言うても、お金にならんからおもろないけどな。それでもやめられへんのは病気やろな』
敦也はパチンコ店で、卓郎から高橋和人(たかはしかずと)と言う男を紹介された。和人は関西人で、自らの事をパチンカスと呼んでいた。
『これ、出た玉はどうするんですか?』
『ゲーム内のレアなアイテムと交換出来るんや。トラの毛皮の敷物とか特撮ヒーローのコスプレとか』
卓郎も含めて三人並んで打っている間、パチンコなど打った事の無い敦也に、和人はいろいろ教えてくれた。
『そういやあ、卓ちゃんから聞いたけど、敦ちゃん、あんた恋人募集中なんやってな』
和人はすぐ人と打ち解けるようで、敦也はもう敦ちゃんと呼ばれていた。
『募集中って言うか……まあそうですかね』
『なら出会いカテに有るイベント広場に行けばいいんちゃうか。なあ、卓ちゃん』
『そうだな、あそこが手っ取り早いだろうな』
『イベント広場ですか?』
『あそこは、システムが勝手に事件を起こしてくれて出会いの手助けをしてくれる場所だ。吊り橋効果を期待出来るんだ』
卓郎が敦也に説明する。
『そんな場所があるんですね』
『ただ、初心者は少し気い付けた方が……』
『まあ、難しい事考えずに行ってこいよ。俺に付いてばかりじゃ女と知り合えないぜ』
和人の言葉を遮るように卓郎が言った。
毎日付いて回る事が卓郎に迷惑を掛けているのかもしれない。
敦也は自分の存在が卓郎の負担になってはいけないと考え、ここは一人で行ってみる事にした。
『俺、行ってみます』
『おお、そうしろよ。また報告待っているからな』
『はい、そうします』
敦也はそう言うとパチンコ店を離れた。
『なあ、卓ちゃん。ちゃんと注意しとかんでもええの?』
『純粋な恋愛は純粋な気持ちのままじゃないと出来ないもんだ。あいつは今のままで行った方がいい』
『ほんま冷たいのか優しいのか分からん奴やなーって、お! 激熱来たでー』
もうパチンコの方に気が行った和人を見て、卓郎は微笑んでちゃかすように言った。
『お前こそ、ほんまに心配してるんでっか』
敦也はマイルームに戻り、出会い系カテゴリーからイベント広場をタッチした。広場に画面が切り替わる前に、設定画面が現われる。希望する相手の性別と年齢を聞いてきたので女性、二十代と設定した。
広場入り口のマップ画面は繁華街のような町並みで、商店が並ぶ通路には人が溢れている。どのキャラがプレイヤーでどのキャラがシステムなのかも分からない状態で、敦也は通路をうろうろ歩き回って何かイベントを探した。
人は多いが一向に何も発生しない。条件に合うプレイヤーが近くにいないのか? それとも何か別の条件が必要なのか?
敦也はよく分からないまま奥へと進んで行く。すると、画面の左端に『キャー』の文字と共に、女性の悲鳴が聞こえてきた。敦也は急いで声の場所に向かったが、すでに別のキャラが立ち回りを開始していて、手遅れだった。
その後同じような事が二、三回あったが、敦也は全て間に合わなかった。
早い者勝ちか……。
人と争ってまで何かを得ようとする、貪欲さがない敦也は気が重くなった。「だからお前は駄目なんだ!」と父の叱責が聞こえたような気がした。幼い頃から毎日のように聞かされ続けていた言葉。
お前に言われなくても分かっているさ、俺が駄目な人間だって事は。だからこそ、ここにいるんだ。
ますます気が重くなった敦也はベンチに腰を下ろした。
ベンチに座るとすぐに、トコトコと女の子のキャラクターが近づいて来て、画面が二頭身キャラモードからリアルキャラモードに切り替わった。近づいて来たのは五歳くらいの可愛い女の子だった。
『うわあああん!! おかあさーん!!』
女の子は敦也の足元に近づいて来たかと思うと急に大声で泣き出してしまった。
『な、なに?!』
冷静に考えればイベントが発生したと理解出来たのだろうが、敦也は驚いて固まってしまった。
『きゃあ! 誘拐?!』
横を見るとカジュアルな服装のショートカットの女性が立っている。
『うわあああん!! おかあさーん!!』
『誰かー! 誘拐ですー!!』
女の子は泣き叫ぶし、女性は助けを求めるしで、その場はちょっとしたパニックになる。
『違います! 急に女の子が近づいて……』
『えっ? あなたプレイヤーなの?』
そう聞かれて、敦也ははっと気が付いた。
もしかしてこれもイベントか?
『そうです! プレイヤーです! これきっとイベントですよ!』
敦也は女性に向かって、興奮気味に叫んだ。
『どうしたの? お母さんとはぐれちゃったの?』
敦也は泣いている女の子をなだめるように、優しく話し掛けた。
『おかあさんいなくなったの……』
『迷子になったみたいね』
いつの間にかショートカットの彼女も、横に来て女の子を見ていた。
『よし! この子のお母さん探してあげようよ』
そう言って笑う彼女は、昔動画で見たアイドルグループの女の子に似て、凄く可愛いと敦也は思った。
『うん、そうしよう』
敦也は女の子に、どこでお母さんとはぐれたか聞いてみた。
『おかあさんデパートでいなくなったの』
『デパートか……入り口辺りに有ったよな』
『じゃあ行って見ようよ、そこに』
画面がマップに切り替わり、三人でデパートに向かった。しばらく進むとピピピピーと笛のような音が鳴り、またリアルモードに切り替わった。
『なんだ? この音は?』
敦也は音の出どころを探した。
『君達その女の子はどうしたんだ? ちょっと話が聞きたいんだが』
音の鳴った方から警察官が近づいて来る。
『どうしよう……』
『逃げようよ!』
敦也が戸惑っていると、彼女は迷わずそう提案した。
『えっ? 逃げるの?』
『だってここで捕まっちゃうと私達誘拐犯にされちゃうよ』
『そうだな……』
現実世界ではありえない行動だが、その方が面白いかもしれない。
『分かった! 逃げよう!』
『うん! にげよう!』
なぜか女の子まで同調して叫んだ。顔を見ると二人とも笑顔で楽しそうだ。敦也も今の気持ちに素直に、自分のキャラを笑顔にした。
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