梶田敦也(4)
またマップに切り替わり、警官との追っかけっこが始まる。途中途中で通路からどんどんと警官が増えていき、デパート前に着いてもまだ諦めずに追い駆けてきた。
『中に入ろう!』
敦也が二人に叫ぶ。
デパートの中でも警察官は追い駆けてきて、敦也達は上へ上へと逃げ延び、とうとう屋上まで追い詰められてしまった。
『もうすぐここにも来るぞ! もう逃げられないよ』
『あきらめちゃダメ! あっちにいくの』
女の子が屋上の奥を指差す。
女の子が指差す方には隣のビルがあった。屋上には柵が無く、隣のビルへ飛ぶ事は出来そうだった。だが、敦也は成功出来るか、全く分からなかった。
『今画面におんぶアイコンが出てない?』
彼女に言われて気が付いたが、確かにおんぶと書かれたアイコンが出ていた。
『私が一人で飛び移れるか試して見るから、成功したらあなたが女の子をおぶって飛んで来て』
『えっ! 俺が?』
『男でしょ! がんばってよ』
そう言われれば返す言葉が無い。敦也は「おんぶ」アイコンをタッチして、女の子を背負った。
『じゃあ行くよ!』
そう言うと、彼女は隣のビルに向かい勢い良く走り出し、ジャンプする。すぐに隣のビルから『おーい』と手を振るのが見えた。
次は敦也の番だ。
落ちたらどうなるんだろう? キャラが消滅するのか? 女の子はどうなるんだ。システムキャラと言えども、死ぬのなら気持ちが良い物ではない。
敦也は考えるばかりで、ぐずぐずと飛び移るのを躊躇していた。
『待てー!』
そうこうしている内に、警官達が屋上まで追い駆けてきた。
もう飛ぶしかない。
敦也は覚悟を決めて走り出す。勢い良く走って、彼女と同じように隣のビルに向かいジャンプした。だが、彼女とは違い、ジャンプは短くビルには届かない。落ちるかと思った瞬間、かろうじてビルの屋上に両手でつかまっていた。
『やばいよ! これ、どうするんだ?』
敦也がそう叫んだその時、画面に『スペースキーを連打しろ!』と、文字と音声で指令が出てきた。
敦也は指が痛くなる程キーを叩き続ける。徐々に敦也の体が浮かび上がり、なんとか隣のビルの屋上に這い上がれた。
『ヤッター!』
屋上で待っていた彼女が、嬉しそうな声を上げて、敦也に抱きつく。もちろん画面上の仮想現実で、体の感触はないのだが、それでも敦也は興奮した。
『アリサちゃん!』
何処からか別の女性の声が聞こえた。
『おかあさん!』
女の子のお母さんが現れたようだ。三十歳程の長髪の女性が、アリサと呼ばれた女の子を抱きかかえる。お母さんと再会した女の子は、嬉しそうに満面の笑顔を作った。
すると、パッパラパーとファンファーレが鳴り、画面にミッションクリアの文字が浮かび上がった。おまけにどこからやって来たのか警官達まで敦也達を取り囲み拍手している。
安直だがこんなものなのだろう、と敦也は思った。
『ありがとうございます。お礼にこれを受け取ってください』
敦也はお母さんから小さな箱を受け取った。箱を開けると中には腕時計が入っている。
『これ、ペアよね』
彼女も母親から同じ箱を受け取っていた。
『そうだね』
『なんか照れるね』
そう言って顔を赤くして笑う彼女はとても可愛い。
『あの、俺、梶田敦也です。よろしく』
卓郎に言われた言葉を思い出し、今更ながら名前を名乗り、握手アイコンをタッチした。
『あ、私は生田里香です。よろしく』
里香は握手してくれた。敦也にとって現実でも仮想でも初めての女友達が出来た。
『ごめん待った?』
翌日、敦也と里香はデートで映画を観に来ていた。
昨日里香と別れた後、敦也はメールで卓郎にイベント広場の出来事を報告した。卓郎から、すぐにデートに誘うようにアドバイスが返ってくる。
敦也は彼女を持った事も無く、デートの経験など一度もない。そんな敦也にとっては、映画のお誘いのメールを送るのも一苦労で、何度も何度も書き直してようやく送る事が出きた。里香からOKの返事が来た時は、大声を上げて喜んだ。敦也はまだ自覚していなかったが、この時にはもう里香の事が好きになっていたのだ。
『いや、今来たところ』
現実とは違い仮想世界なので待たせる事は無い筈なのだが、里香は三十分遅れでやってきた。でも逆に、遅れた事が現実のデートのように敦也は感じた。
敦也は里香を怒る気にはなれず、自分が言った定番の台詞が、リア充のようで嬉しかった。
『あ、時計』
敦也は里香の腕に自分と同じ時計を見つけ、嬉しさのあまり思わず呟いた。
『へへっ』
里香も敦也の時計に気付き、小さく照れたような声を出した。
『映画、何観ようか』
『里香さんが観たいのでいいよ』
「真実の世界」の映画館は国内大手のレンタルチェーンと提携していて、古い映画を二十本月替わりで上映している。もちろん、鑑賞は無料だ。
映画館内もリアルに再現されていて、ちゃんと席に座って観賞するのだ。視線を横に向ければ同伴者が居て、現実世界のような映画館を体感出来る。
二人は洋画のコメディー映画を観る事にした。映画は面白かったが、敦也は途中で何度も里香が気になり横を見てしまった。何度かお互いに目が合い、その度に笑い合った。
『面白かったねー』
『ホント声だして笑ったよ』
映画が終わると、二人はカフェに入った。もちろん実際に飲食は出来ないが、デートの雰囲気は味わえる。
『今日は誘ってくれてありがとう。デートなんてした事なかったから本当に嬉しかったよ』
『ええ、本当に? 信じられないよ、そんなに可愛いのに』
そう言ってから、敦也はしまったと後悔した。このキャラクターの姿がそのまま現実の姿とは限らないのだ。事実敦也も現実とは似ても似つかぬ姿だし、女性なら尚更盛っている可能性が高い。
やはりまずい発言だったのか、しばらく里香は黙ってしまい、敦也は空気を重く感じた。何かフォローの言葉を探したが、女性慣れしていない敦也には言葉が見つからない。
『本当の私を見たら、敦也君がっかりしちゃうよね』
やはり彼女を傷付けてしまった。
敦也はなんとかしなければと焦った。
本来、ここの住人にとって「本当の私」など意味は無い。この鳥小屋から一生出る事はなく、人前に姿を晒す事はないのだから。だが「本当の私」を気にする里香の気持ちが、敦也には痛い程分かった。意味は無いと分かっていても、本来の自分も受け入れて欲しいという気持ちは、敦也自身も持っていたからだ。
『きっとがっかりしないと思う。俺も同じだから。ブサメンでずっと苛められていて、彼女いない暦は年齢で、こんな風に女の子とまともに話をした事なんて一度も無い。きっと本物の君が隣にいてくれるなら、それだけですごく嬉しいと思う』
敦也は素直な気持ちを呟いた。里香がどんな姿であっても隣に居て欲しいと思う気持ちは本当だった。
『ありがとう。嬉しいよ』
里香はずっと笑顔だったが、リアルでは泣いている気がした。敦也自身が泣いていたから。
『今日は遅刻してごめんなさい』
急に里香は謝った。
『本当は時間通りに行けたけど、デートに遅刻する女子をやって見たかったの。本当にごめんなさい』
そうだったのかと納得し、不思議と笑顔が浮かんできた。
『そうだったんだ……。でも大丈夫。俺も遅刻して来た恋人を笑顔で許す男をやってみたかったから』
『本当? 良かった。じゃあ次からも遅刻して来るね』
『ええっ! マジ?』
『うそだよ!』
当たり前のように次の話が出来る。二人の距離はそこまで縮まっていた。
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