梶田敦也(2)

 移動画面が広がり、何種類かのカテゴリーが現れる。出会い、旅行、スポーツ、芸能等何種類かのカテゴリーの中から敦也は迷わず出会いを選択した。出会いカテゴリーの中もさまざまに分かれており、中にはお見合いなど男女の出会いを目的とした物もある。


 敦也の目的は恋人だった。


 一番親しい異性としてお互いを必要とする。敦也はそんな存在をずっと求め続けていた。だが、現実世界の異性が敦也を見る目は、可哀想な存在と憐れむか、醜い存在と嫌悪するかのどちらかしかなかった。そんな敦也にとって「真実の世界」は現実世界で手に入れられなかった夢を叶える最期の希望だったのだ。


 いきなり恋人を作るのは引きこもりが長かった敦也にとってハードルが高い。まずは友達から。性別関係なく対等な立場で話が出来る友達を作ろうと考えた。


 敦也は相手を限定しない場所である、公園を行き先に選択し、アイコンをタッチした。


 画面が切り替り公園の入り口に二頭身にデフォルメされた敦也のキャラが立っていた。「真実の世界」は、その場面、場面によってリアル視点の画面と、マップ形式の画面が切り替わる仕様となっている。行き先方向をタッチし、公園の奥へと移動する。噴水や芝生広場、中には売店まであった。


 途中人を見かけ、何回か声を掛けようとしたが怖くて出来ない。敦也は長い引きこもり生活による対人恐怖症が、仮想世界であっても影響する事を思い知らされた。


 敦也は自分から話し掛けるのを諦め、しばらくベンチに座って待ってみた。リアル画面に切り替わり、目の前を何人かの人が通り過ぎたが声を掛けてくれる人はいない。


 やはり勇気を出すしかないか。


 敦也はもう一度公園内をうろついて、出来るだけ声を掛け易そうな人を探した。

しばらくあちらこちら移動していると、ベンチにポツンと暇そうに座っている男性を見つけた。暇そうと言っても、デフォルメキャラなので性別と大雑把な服装ぐらいしか分からないのだが、願望も手伝ってか敦也にはそう見えた。


 ベンチで一人座っているのは、もしかしたら自分と同じようにに話し掛けられるのを待っているのかもしれない。


 敦也はそう思う事で少し勇気が湧いてきた。


『こんにちは!』


 男性に近づき声を掛ける。


 近付いた瞬間、画面が切り替り男性キャラがリアルなものに変化した。意外だったのは、相手がイケメンでもなんでもない、普通のアラサーぐらいの男性だった事だ。敦也は自分以外の人も、容姿を美化したキャラにしていると思い込んでいたのだ。


『おお! 男からナンパされちゃったよ。あんたホモなの?』

『ええっ!』


 男性から意外な返事があり、敦也は思わず声を上げた。


『いや違いますホモじゃないです』


 敦也が慌てて否定したら、男性キャラが笑顔になった。


 キャラの表情や仕草も、アイコンで自由に変化出来る。逆に言えば、悲しい時にも笑顔で偽りの喜びを伝える事も可能なのだ。


『悪い悪い、冗談だよ。新人さんか? 俺は唐沢卓郎(からさわたくろう)よろしくな!』


 どうして初心者なのがばれてしまったのだろうか? キャラが変なのか? 自分は浮いているのだろうか?


 敦也はいろいろ考えて不安になってきた。


『どうして初心者と分かったんですか?』

『それは……』


 卓郎と名乗った男は、一呼吸間を空けてから言葉を続けた。


『俺もここに来て長いからな。なんとなく分かるんだよ』


 そんなものなのだろうか。


 敦也は半信半疑で卓郎の言葉を聞いた。 


『それより名前は? 情報見れば分かるけど自分で名乗るのが礼儀だぜ』

『す、すみません! 梶田敦也といいます。よろしくお願いします』

『よし、敦也かよろしくな!』


 卓郎が笑顔で手を差し出してきたので、敦也も握手のアイコンをタッチして応えた。


『こちらこそよろしくお願いします』

『じゃあ初心者を歓迎する意味で、ここを案内してやるよ。「同行」アイコンをタッチしてくれ』

『ありがとうございます! お願いします』


 卓郎に言われた通り、同行をタッチした。


『いろいろ事情があってここに来たんだろうが、楽しもうぜ!』


 見た目や言葉は軽そうだが、卓郎は親切だった。案内してくれる事より、敦也には卓郎と普通に会話が出来ている事の方が嬉しかった。


 

 卓郎に案内されて「真実の世界」を次々見て回った。世界各地の観光旅行やスポーツ観戦、映画、遊園地等の娯楽施設、他にもショッピングや飲食店まで有り、自由度で言えばリアル世界と遜色ない。十五歳から引きこもっていた敦也には、リアルで体験していない場所も多く、ディスプレイ内の世界と言えども心が躍った。


『まだまだいろいろな場所があるが、後は自分で行ってみてくれ』

『ありがとうございます。どこも本当に楽しそうですね!』

『ざっと行っただけだからな、またじっくり観て回ればもっと楽しいぞ』

『はい、そうします!』

『おっ!』

『どうしました?』

『晩飯が届いたよ。俺はここに居るのは晩飯までと決めているんだ』

『そうなんですか? なぜです?』

『ちゃんと決まった時間に飯を食い、毎日シャワーを浴び、運動もして健康に注意して、少しでも長生きする為だ』

『長生き……ですか?』


 敦也は長生きなんて考えた事が無かった。むしろ、引きこもりになってからは、早く死にたい、消えてしまいたいと思う事の方が多かった。


『そうだ長生きするんだ。それが俺達に出来る最後の抵抗だからな』

『抵抗……ですか?』

『まあ難しい事はいいや。取り敢えず友達登録してくれ。そうすればメールも送れるし、いつでも会えるから』


 そうして友達登録を済ませ、卓郎はログアウトしていった。しばらくしてリアル世界で、ドアの引き出しがガタンと音を立て、敦也の部屋にも晩御飯が届いた。


 卓郎の言った健康で長生きにはピンとこなかったが、敦也もログアウトして、晩御飯を食べ、シャワーを浴び、早い時間から布団に入った。


 全てから隔離された小さな部屋で天井を眺めていると、敦也は心が落ち着いた。


 ここには誰も俺を傷つける人はいない。もう外の世界の事は忘れよう。「真実の世界」で新しい人生が始まるんだ。


 敦也は安心したように、眠りに就いた。

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