第7話 突然の知らせ(side:マリエル)

隣国から手紙が届いてましたよ

スタッフがそう言って手紙を持ってきたのはついさっきの事

私は執務机の上にそれを置いたまま差出人の名をじっと見つめていた


”ヨハン・インディペイト“


かつて切り捨てた元婚約者の名前

あれから1年、最愛の夫レオンは私にかわいい息子を授けてくれた

彼の過剰な心配性のおかげで商会に顔を出すのは週に1度

この手紙が届いたのは4日前らしい


「今さら何なのかしら?」

私達は彼らのその後を知らない

知ろうと思えばいくらでも知れるが興味がないため耳に入れることもなかった

先に手続していた慰謝料は追加で証拠を送った分も含めておじ様が立て替えてくれた

その時に元姉のシャロンと結婚したことまでは聞いていた

だからこそ、この手紙が送られてくる理由がわからないのだ


「…とりあえず見るだけ見てみましょうか」

悩んでいても時間の無駄だと思い封を切る


「あの人こんな字だったのね」

決してきれいではないが、丁寧に書かれた文字にはある種の誠意を感じた

同時に婚約者だった相手からの手紙を、婚約破棄後に始めてもらったという事実に苦笑する


“すまなかった”


手紙はその一言から始まっていた

私達の時間を不当に奪った事

長い間傷つけたこと

その発端が自分の一目ぼれを拗らせたせいだと今になって気付いたこと

そんなことが書かれていた

そしてシャロンの異常さを初めて身を持って知ったとも

でもその内容は書かれてはいなかった


「助けて欲しいというわけではないのね」

私はそっちの方が驚きだった


“許してもらおうとは思っていない

自己満足だということもわかっている

ただ、マリエルとレオンに謝罪をしたかった“


最後にそう締めくくられた手紙

この1年で彼に何があったのかは分からない

でも自分を見つめ直すだけの何かがあったのかもしれない

私はその手紙を持ち帰りレオンに渡した


息子を私に渡したレオンはしばらくその封をじっと見ていた

そしてようやく読み始めたのを見て、私は息子をベビーベッドに寝かせた


レオンの隣に腰を下ろしてからもしばらく静かな時間が流れていた

聞こえるのは息子の寝息と紙がすれる音

そして少しするとレオンは手紙をテーブルに置いた


「…やっぱり兄さんは…」

「え?」

「ずっと兄さんがマリエルに執着する理由がわからなかったんだ。いくら俺を苦しめるためと言っても10年は長すぎる」

言われてみれば確かにそうなのかもしれない


「10年なんて俺だけじゃなく兄さん自身の時間も無駄にする。それに気づかないほど心の底で執着してたってことなんだろうな」

レオンはそう言いながら私を抱きしめた


「あの時兄さんがこじらせてなかったら、俺はマリエルを手に入れられなかったのかもしれない…」

そんなことないよとは言えなかった

幼い私がレオンに一目ぼれしたとはいえ、婚約など簡単に覆すことは出来ないし、ヨハンが誠実な人間なら違った未来もあったのかもしれないのだから

でも…


「今さらだよ。真相を知ったからと言って私たちの時間は戻らないもの」

レオンを抱きしめ返しながらそう告げる


「そうだな…」

レオンの手は少し震えていた

私と同じように色々と思うことがあるのかもしれない


「一つだけ気になるの」

レオンの震えが治まったのを確認してから私はずっと気になっていたことを切り出した


「シャロンの異常性か?」

「それは今さらなんだけど…手紙にしみこんだ香り」

「…」

レオンは改めて手紙を手に取り匂いを確認する


「これ…ファラオの花からできた…媚薬?」

「多分。でも普通なら手紙に移ったりしない…よね?」

「製品の状態では無味無臭のはずだな。体内に取り込まれて初めて香りを発する。でも身近にいるものが感じるだけで何かに移るなど聞いたことが無いな」

レオンは以前自己防衛のために媚薬に関してはかなり調査していた

そのレオンが言うのだから間違いではないのだろう


「そういえば常用すると常に欲情するようになるって注意書きがあったような…それに服用しすぎると精神に異常をきたす可能性がある、とも…?」

「まさか…でもシャロンならやりかねないかも」

あの日ヨハンの気持ちがシャロンにないことは明白だった

それをシャロンがいつものように無理矢理つなぎとめようとしたとしたら?


レオンが考え込むのが分かった

切り捨てたとは言え血を分けた兄弟だ

優しいレオンがこんなことを知って無視できるとは思えない


「マリエル…いや、何でもない」

何かを言いかけてやめるレオンにそれは確信に変わる


「…一度会ってみる?」

「え?」

「状態異常の回復ならできるし」

「でも…」

「ついでに私達が幸せなところ見せつければいいんじゃない?」

戸惑うレオンにそう言うとこわばっていた顔が緩んだ


「本当にいいのか?」

「いいよ。それに元婚約者が媚薬のせいで異常者になりましたとか…ちょっと勘弁してほしい」

「それは…」

確かにと頷くレオンも苦笑していた

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