第4話 初恋だった(side:ヨハン)

マーガレットに言われた時間に俺は裏通りで待っていた


「ヨハン!」

声をかけてきたのは確かに見覚えのある女性だった


「遅いぞエミリー」

「そう言わないで?とりあえず場所を変えましょう?」

エミリーがそう言いながら連れてきたのは比較的高い宿の一室だった


「は?」

通された部屋の中を見て俺は驚いた

そんな俺にエミリーは言う


「実は卒業間際に私、あなたの子供を身ごもっていたのよね」

「…じゃあこいつは…」

「あなたの息子。今年5歳になるわ。髪も目もあなたにそっくりでしょう?」

エミリーの言うように俺のガキの頃によく似た少年がいた


「あ、誤解しないでね?あなたに父親になれなんていわないから」

「そうなのか?」

正直ほっとした

エミリーには申し訳ないが今の俺に誰かを養うような甲斐性は無い


「ええ。私にはもう主人がいるしこの子もその人を父と慕ってるから。ただ、この子が一度だけ本当の父親に会いたいって言うから」

そう言われて少年を見るとこっちに寄ってきた


「はじめまして。ジョシュアです」

ペコリと頭を下げる仕草に嫌な気はしない


「僕ずっと伝えたかったんです」

「な…にを?」

責められるのだろうと身構えた俺に飛んできたのは予想外の言葉だった


「僕を授けてくれてありがとうございます」

「ジョシュア…あなたそんなことを伝えたかったの?」

「うん。だって僕を授けてくれなかったら今の幸せは無いんでしょう?」

「ええ…その通りよ」

「でしょう?だからありがとうであってるよね?」

ジョシュアは伝えたいことは伝えたから満足だと隣の部屋に行ってしまった


「たくましいな」

「私もビックリした。でも感謝してるのは私もなの」

「?」

「あなたのお手付きだってことで義兄は手を出せなくなったから」

そういえばそんな話をしていたなとおぼろげな記憶をたどる

エミリーは当時同じ屋敷に住む義理の兄から狙われていたはずだ


「それに今の主人、子種が無いのよ」

「は?」

「検査したらそう言われたの。私はもう他の人となんて考えられないし、だからジョシュアの存在には私も主人も救われてるのよ。主人と出会った時に既に母子家庭だったから父親の事は特に気にしてないみたいだしね」

「そう…か…」

「あの頃のあなたの裏の顔は最低だったけど、それだけではなかったとも思うの。少なくともあなたが抱えてた5人は私も含めて救われたと思ってる」

「…」

「まぁ…初恋をこじらせた馬鹿だから仕方ないわよね」

「初恋?こじらせたって…」

「だってあなたマリエルしか見てなかったじゃない。正確には幼いマリエルの面影かもしれないけど」

そう言われて初めて何かがストンと落ちてきた


「まさかまだ気付いてなかったの?」

「はは…そのまさかだ。今言われて初めて色んなことに納得がいった」

自分がここまで間抜けだとは思わなかった


俺は初めて会ったあの日、マリエルの笑顔に釘付けになっていた

本当ならマリエルに手を伸ばしたかったのに先にシャロンから声を掛けられた


レオンがマリエルに手を差し出した瞬間、悔しいと思った自分がイヤで、それを認められずにこじらせたのだ

そのせいで俺はマリエルとレオンの長い時間を無駄に奪ってしまった


「本当に最低だったな…」

虐げることで、傷つけることで自分を優位に立たせたかったのだ

そんなことをしてもマリエルが俺を見てくれるはずが無いと知りながらやめることも出来なかった

それ以外の方法を思いつかないほど愚かだった


「…まぁ今さらだけど気付いたなら良しとしなさいよ。今からでも償いくらいできるでしょう」

「それは…難しいな」

「どうして?」

「謝るにも居場所すらわからない。隣国にいるとしか知らないんだ。隣国に行く金もないしな」

「隣国ね…あれ?でもマリエルってマリオン商会の会頭よね?」

「ああ」

「なら手紙くらいは送れるわよ」

エミリーはそう言いながらバッグから何かを取り出しテーブルにあったメモに書き写す


「主人の仕事の関係で隣国にはよく行くのよ。マリオン商会も利用してるわ」

そう言いながらメモを俺に差し出した

そこにはマリエル・ディ・マリオンと言う名前と共に住所が書かれていた


「それが商会の住所。読んでもらえる保証はないけど手紙くらい出してみれば?旦那様はレオン・ディ・マリオン、何でも王族の命を救った人みたい。その時にマリオン商会が支援したんですって」

「そうか…」

「でね、2人が結婚する時に王族から家名を賜ることになって、商会の名でもあるマリオンが家名になったって聞いたわ」

俺が婚約破棄を言い出したあの日、目の前でプロポーズしたレオンは地位を得たと言っていた

俺が援助を止めたせいでしなくていい苦労をしながら、そこ迄這い上がるのにはどれだけの努力が必要だったのだろうか…

誰にも知られないように陰で商会を立ち上げ運営していたマリエルにしても同じだ

不当に虐げられた2人が心の中で支え合いながら耐え、その裏で俺など想像もできないほどの事を考え、努力し続けたのは明らかだった


「旦那様から溺愛されてるって聞いたから引っ掻き回すのはやめた方がいいと思うけど、謝罪くらいなら許されると思うわよ」

「…色々感謝する」

「お安い御用よ」

エミリーはそう言って笑う

学生の頃の寂しそうな笑顔とは違う幸せを手にした笑顔だと感じた


俺はカフェに寄り手紙を書くとポストに投函してから家に帰った

読んでもらえるかは分からない

でも謝りたいと心からそう思った

それがたとえ自己満足でしかないとしても…

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