第23話 パーティー
とうとう王宮でのパーティーの日がやってきた
この日の為に商会で親しくなったクララと、スタッフが主導で私の準備を整えてくれていた
ドレスやアクセサリーはクララがセレクトしたものの中からレオンが選んだらしい
私自身もクララから直接最低限のマナーなどの指導をしてもらっていた
「準備できたか?」
部屋に入ってきたレオンが固まった
「…似合ってない?」
不安になり尋ねると抱き寄せられた
「似合ってる。ほかの奴に見せたくないくらいだ」
「レオン…レオンもかっこいいよ?」
普段と違い正装したレオンはかなり大人びて見えた
「行こうか。戦場に」
「ふふ…確かに戦場だね」
笑いながら答えると黒い笑みが返ってきた
「多分馬鹿は沢山いる」
その声は少し震えていた
「全部、蹴散らしてやりましょう?」
「その意気だ。でも無理だけはするな」
心配を含んだ声と表情が向けられる
レオンの不信感を考えればそれだけの何かがあるのだろう
それでも泣いて引き下がるという選択肢は今の私にはない
2人で顔を見合わせ頷くと王宮に乗り込んだ
「え…誰?」
「レオン様が女性と来られるなんて…」
そんな声がそこら中から聞こえる
「何だ、男色じゃなく理想が高かっただけか」
「あんな女性初めて見たぞ?」
「あんな上玉がどこに隠れてたんだ?」
男性陣から聞こえる言葉にレオンが不機嫌になるのが分かった
独占欲の強いレオンは私の事を気に入る男が気に食わないのだ
「心配しなくても私にはレオンしか見えてないから」
少し屈んだレオンの耳元でそうささやくと優しい笑みを浮かべた
その瞬間辺りがざわついた
「あれ?何かあった?」
「さぁ」
私達は首を傾げながら歩みを進めた
「レオン、マリエル嬢、よく来てくれた」
そう言いながら近づいてきたのはミカエルとクララだった
「ミカエル様、この度は…」
「ああ、挨拶はいい。レオンの婚約者がようやく公の場に出た事の方が重要だ」
ミカエルの言葉にそばで聞き耳を立てていた者達からザワメキが起こった
ワザと言ったのだろうことはわかるものの理由が分からない
「本当に素敵な婚約者ね。今度一緒にお茶をしましょう」
「私でよろしければ喜んでご一緒させていただきます」
教わった通りの言葉を返す
でもその直後こちらを敵視する視線が増えたのが分かった
なるほどと周りにわからないように2人に笑みを返した
「存分に楽しんでいってくれ」
2人は頷き去って行った
その後はしばらくレオンの挨拶回りに同行していた
「悪い。向こうでちょっと話してくる」
計画通りの言葉に頷き笑みを返す
レオンが去り私が一人になればハエが沢山寄ってくるはずだ
「ちょっとよろしいかしら」
予想通り寄ってきたのは化粧の濃い女性とその取り巻きと思われる女性が3人
さらにそれを遠巻きにするように20人くらいの女性が私を中心に囲むように立っている
思ったよりたくさんいたのね
それでも学園に比べれば少ないけれど
そう思いながら彼女を見返す
「あなたレオン様の何なのかしら?」
「王太子様が仰られた通り婚約させていただいておりますが?」
とぼけたように返すと彼女は一歩踏み出してきた
「どんな手で取り入ったのかって聞いてるのよ?」
「取り入る…ですか…」
はて?
と首を傾げて見せる
「あんたみたいなただの商会の人間が、レオン様のような高貴なお方とお近づきになるなんて…何かあるに決まってるのよ!さっさと白状なさい」
「そうですわ。これまでアリア様でさえお側に寄れなかったのに…あなたのような下々の者がなんてありえないわ」
「そうよ」
下々の者と来ましたか…
まぁ確かにただの一般人ですけど
「それにあなたの商会は最低だわ」
叫ぶように放たれた言葉にこれまで気付いてなかった周りもこちらに注目し始めていた
このご令嬢は気付いてないみたいだけど…
「最低…ですか。後学の為にその理由をお尋ねしても?」
「フン!それもわからないのね?いいこと?私が店に訪れてもトップが出てこなかったのよ?ただの一スタッフにこの私の対応をさせるなんて客を馬鹿にしてるわ。そう思いませんこと?」
「私もそう思いましたわ」
「私もです」
同意を求められた周囲の令嬢たちが揃って頷き同意の言葉を口にする
「あの店のスタッフはこの私に安物を進めましたのよ?失礼にもほどがありますわ!」
「お言葉ですが」
私は注意を引くためにそこで一度言葉を切った
「お言葉ですが当商会には最高品質の物を揃えさせていただいております。安いから質が悪いというものでもありませんし、高いからと似合いもしないものをお勧めする方が、商会としてお客様に対して失礼だと考えております」
「は…?」
「あなた何を言って…」
「つまり何?今私が身に着けているものが似合っていないとでもおっしゃるのかしら?」
「失礼を承知でお答えするなら、あなたの肌と目、髪の色に今のドレスは合いません。色同士が喧嘩して目がチカチカします。それは私の個人の感覚ではなく色彩学的な観点で証明されております」
「な…」
「それを指摘せずにお褒めになるようなご友人も、それを知ってか知らずか、あなたにそのドレスを勧めた方も私は軽蔑致します」
そう言い放つと側にいた取り巻きが顔をゆがませた
私は更に続けた
「値段が高ければいいものというものでもありませんしね。大切なのはそれが自分に似合うものなのか、そしてその商品が値段に見合ったものなのか、それを見極める目を持つことだと思いますが…皆さまはどう思われますか?」
まわりに目をやりながら訪ねると言葉を飲み込む令嬢が多数
随分簡単なのねと思う
この程度で言い返せなくなるなら突っかかって来なければいいのに…
構えていただけに拍子抜けしてしまった自分に笑えてくる
「でも…最高のもてなしをしなかった事には違いないでしょう」
彼女は性懲りも無くまだ食いついてきた
少しは骨があるのかしら?
でも言ってることはお子様レベルだわ
「あなたのおっしゃる最高のもてなし、とはどういうものでしょうか?」
「え?」
そんな質問が返ってくるなど思わなかったのだろう
面食らったような顔が少々間抜け面になっている
「先ほどのお話からすると、スタッフよりも商品知識の劣るトップが、お金を落としてくれそうな方を無駄におだてて、似合いもしない高価なだけの商品を『素晴らしものです』、『大変お似合いです』と押し付けることを、最高のおもてなしとおっしゃっているように聞こえますが…」
さも残念そうな表情で言ってみる
効果はあったようで彼女はいきなり持っていた扇子を振り上げた
一部の令嬢から悲鳴が上がる
でもその扇子が私に当たることは無い
「な…んで…」
私の頭部に当たる直前で彼女の動きは止まった
否、その状態から身動きが取れない
これは私の創り出した風圧で物質をその場に固定する魔法だ
私より魔力の弱い相手はその場から抜け出すことは出来ない
「気に食わなかったら暴力ですか?ここは王宮のパーティー会場ですよ?」
「!」
彼女が自分のしでかそうとしたことを今さら認識したところでもう遅い
身動きすら取れない状況は騒ぎに気付きこちらを伺う弥次馬にも何があったかを明確に伝えていた
「本当に随分失礼なことをなさるのね」
凛とした声に辺りが静まり返った
「クララ様」
「マリエルの意向で遠くから様子を伺わせていただきましたけど…腐った令嬢の山ですわね」
その言葉に最初から側にいた取り巻きも周りに陣取っていた令嬢も真っ青な顔になる
「皆様のお顔は既に魔道具で写し取らせていただきました。王家主催のパーティーを侮辱したということで王家から訴えさせていただきますわね」
クララは笑顔でそう言った
「あぁ、それと」
さっきの彼女の前で立ち止まる
「私、先日初めて満足のいく買い物をさせていただきましたわ。マリオン商会で私に付いてくださったスタッフは豊富な知識をお持ちでしたの。質問にも初めてまともな答えを頂きましたわ。それこそ『素晴らしい商品です』なんてくだらないお答えではなく…ね」
「クララ…様…?」
彼女は呆然とした顔でクララを見る
「私が何を望んでいるかをまず聞こうとする姿勢はとても好感が持てましたし、商品に関する知識も余すことなく教えて下さるから、私自身も勉強になりますのよ?」
「そう言っていただけるとスタッフも喜びます」
私はクララに頭を下げる
「しかもマリエルは私がそのスタッフを専属にして欲しいという要望を元に、商会内でパートナー制度を導入してくれたのよ?前回までに購入したものも把握されていて、それを踏まえた商品を勧めてくれるからとても助かっているわ」
「でも…それでも…」
何とか自分の立場を守ろうとしているのだろうか?
「スタッフに伝えたお願いも、その場で無理な場合はマリエル自身ができる限り手を尽くしてくれますし。これこそ最高のもてなしだと思いませんこと?」
クララの言葉に彼女の顔は白くなっていく
自分の言葉が跳ね返ってきただけではなく、王族に近しい者から間抜け呼ばわりされたのと同義だから仕方がない
これには周りの高位の立場の者達も頷いている
「それにあなた方は先ほど、マリエルがレオンに相応しくないというような発言をなさいましたけど…」
クララがハエーーー寄ってきた令嬢たちーーーを見回し言葉を切った
「あなた方程度がレオンに振り向いてもらえると本当に思っているのかしら?」
「な…」
「酷いです…」
何人かが反論する
「だってあなた方にマリエル以上に、レオンに提供できるものなんて無いでしょう?以前は蔑んでいたクセに親に言われるまま媚を売る様な低俗な令嬢に、娼婦の真似事以外の一体何が出来ますの?」
「娼婦…ですって?」
「流石に酷すぎです。私たちは娼婦じゃありません。お相手に選ぶならレオン様だけですもの。そうでしょう皆さま」
「勿論よ。レオン様だからこそ…」
「私だってそうですわ」
「私達の中の誰かが選ばれるなら仕方がないと思っておりましたが…突然現れた方になんて納得できませんもの」
「そうよ。そんなことお父様たちもお許しにならないわ。だからこうしてこの場で分からせて差し上げてるのですから」
口々に出てくる言葉にクララは悪い笑みを浮かべた
「あら、勝手に自爆してくださったこと、感謝しますわ」
クララはそう言いながら映像と音声を記録した小型の魔道具を取り出した
再生すると今のやり取りがしっか記録されていた
彼女たちは皆一様に青ざめる
そのタイミングで、さも騒ぎを聞きつけて、こちらに駆け付けて来たかのようにレオンが現れた
「マリエル。一人にしてすまない。大丈夫か?」
「ええ。クララ様が助けてくださいました」
「私は最後に鬱憤を晴らしただけですわ。レオンがミカエルを救出に向かう際、全く協力しなかったこの愚民に対して、ね」
「あぁ、そんなこともあったな。あの時マリオン商会だけが協力を申し出てくれた。この国ではなく隣国から…」
「本当に嘆かわしいことですわね。それまで散々蔑んでたのに、レオンが地位を得たとたんに媚びを売ろうなど愚かにもほどがあるわ」
「俺としては突然寝返った相手を信用するような愚かなことはしませんがね。ああ、この中にも何名か娼婦のようなはしたない姿で屋敷に忍び込んで来た阿婆擦れがいるようだ。そこの女に…そっちもだな。他にも…」
レオンは何人かを順に指さしていく
大勢が集まる場で指さされた令嬢の今後がどうなるか等言うまでもないだろう
こういう時のレオンは本当に容赦がない
「俺としてはマリエル以外を側に置くなど考えられないというのに…何よりマリエルより遥かに劣る娘を送り込んできて、どうにか出来ると思われてる事に怒りを覚える」
そう言ってレオンが私の髪をすくって口づけた
それには私も固まってしまった
周りの令嬢から悲鳴ともとれる声が上がった
「良かったわねマリエル」
「え…?」
「この国で女性の髪をすくって口づけるのは、あなたを命をかけて守ると誓うための行為よ」
そうクララに言われて私は顔が熱くなるのが分かった
「流石レオンだな。それを誓える者は少ない。でもレオンなら守り通せるだろう」
「ミカエル様…」
「そなた達を利用して申し訳ない。この国の膿をあぶり出すためとはいえ嫌な思いをさせた」
「その辺のお嬢様のわがまま程度なら大したことではございません。お役に立てたなら何よりです」
実際大したことではなかった
こんな程度かと拍子抜けしたほどである
「それでも感謝してることには変わりない。今現在レオンに取り入ろうとしてるのは、クーデターを起こそうとしている者達だと裏も取れてるからな」
ミカエルの言葉にそこら中でざわついた
「さっき援護に回った者は魔道具で記録されてることだし…これで膿は全て吐き出せるだろう」
「突然現れた俺の婚約者の存在が役に立ったということか?」
「そのことは事前に話しただろう?そう睨まないでくれ
少し棘のあるレオンの言葉にミカエルは苦笑する
「お詫びと言っては何だが…今からその功労者であるレオンとマリエルの婚姻の義を執り行う」
「「え…?」」
レオンと二人顔を見合わせる
先ほどの令嬢たちは取り押さえられ、引きずられながら許しを請うような目をこちらに向けているが、誰も視界に入れようとはしない
そうしている間にも王宮の者が着々と準備を進めていた
「あなた達、式は挙げないって言ってたけどそれはダメよ。マリエルを見せつけるためにも挙げないと」
「私を見せつけるって…」
「いいから行ってらっしゃい。司祭の前で誓うだけの簡単なものだけど、ここでする以上誰にも文句は言えないし言わせない」
「クララ様…」
言葉の裏にある意図を読み取れば断わるという選択肢は無い
「ミカエルを救うために助けてくれたあなたへのせめてもの恩返しよ」
クララはそう言って優しい笑みを浮かべた
2人の心遣いで私たちは思いもしないタイミングで婚姻を果たすことになった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます