第22話 商会

この国に来てから時間が過ぎるのはあっという間だった

商会に顔を出し、レオンの手配してくれた担当者と顔合わせした後も、何度も打合せの場を持った


現状とこれからの方向についてはスタッフも交えて討議する

これは元の国でも行っていたことだ

接客してるスタッフが一番顧客のニーズを把握している

そのスタッフの意見を聞かずに顧客満足に繋がることは無い


「マリエル様」

討議が終わるなり年配スタッフに呼び止められた

たしかここに来る前は別の商会で長年勤めていたはずだ


「クラウスと申します。少しよろしいですか?」

「ええ」

「あの、ありがとうございます!」

「え?」

何の礼かが分からず首を傾げる


「前回の討議で意見を聞き入れていただきました。長年商会で働いてきましたが初めての事です」

クラウスは深く頭を下げてくる


「商品に関しては私よりスタッフの方々の方が詳しいし新鮮な情報を持ってるわ。これからもあなた方の持つ情報は活かしてほしいと思っています。もちろん、経営者である以上全てを聞けるわけではありませんが…」

「勿論です。却下される理由もおっしゃって下さるので我々も納得できます。これからもよろしくお願いいたします」

「こちらこそお願いしますね。この国に来たばかりだから長年商会で勤めてきたクラウス達のことは頼りにしてるの」

「ありがとうございます!」

クラウスとその後少し話をしてから商会を後にした


*******

クラウスがフロアに戻るとスタッフが話しかけてきた

「大きな声でありがとうございますって聞こえてきたけど何だったの?」

「あぁ、マリエル様と少し話を…こんな俺を相手に頼りにしてるとおっしゃって下さった」

クラウスは嬉しそうに言う


「マリエル様、素敵な方よね。お会いするまでは学園を出たばかりのお嬢さんに使われるなんてって思ってたけど…」

「確かにそれは俺も思った」

「でも、私なんか足元にも及ばないほど多くの事を考えてらっしゃるし、かといって私たちを蔑ろにするわけでもない」

「我々の意見まで討議の場で聞いて下さる商会長など初めてだ。おかげでこの商会はVIPのリピート客が多い」

「却下されたときの指摘は勉強になることが多いしね。確かにこれは無理だわって思っちゃう」

クラウスは同意するように頷いた


「そう言えば聞いた?この間王太子の婚約者が見えた時の話」

「いや。何かあったのか?」

「その日、マリエル様も来られてたんだけど、接客はスタッフに任せるとおっしゃったの」

「王太子の婚約者なのにか?」

「そうなの。店内の事は自分よりスタッフの方が詳しいからって、自分は最後にご挨拶させていただきますって婚約者にもそう説明されて」

「それはまた…」

クラウスにとって過去にそんな対応をした会長を見たことが無い

王族に絡む顧客など我先にと自分の客として扱うのが普通だった

「しかもね、そのスタッフを気に入ってくれたみたいで…今度から専属にして欲しいわっておしゃってたみたいなの。それを聞いてマリエル様はその日出勤していたスタッフにアンケートを実施したって聞いたわ」

「アンケート?」

「ええ。自分が顧客だったと仮定して、固定の担当者が欲しいかとか、その場合担当者に望むことは何かとか?」

「マジか?じゃぁ今朝パートナー制度の導入が発表されたのって…」

「そのせいでしょうね。確かに私が常連になったとしても同じスタッフに対応してもらった方が嬉しいもの。何度も同じ説明しなくても済むし。でもそうじゃない人もいるから希望制にしたんでしょうね。指名制やチェンジ、ストップがあるのもアンケートの結果からって聞いたわ」

「そういうことだったのか…」

クラウスは初めて商会で働くことを誇りに感じた

そんなスタッフがマリオン商会には少しずつ増えていくことになる


*******


「そんなことを言われたのか?」

家に戻ってクラウスとのことを話しているとレオンは楽しそうに笑った


「マリエルがこっちで受け入れてもらえてるならよかった」

隣に座るレオンはいつものように私を抱き寄せる

最初は恥ずかしかったのにいつの間にか当たり前になってしまった


「そういえばミカエルも言ってたな」

「何を?」

「クララ嬢が珍しく買い物から帰って機嫌がよくて、その理由を聞いたら初めて満足のいく買い物ができたと。その商会がマリオン商会だったらしい」

「先日来られた時の事かしら?」

「何だ、知ってたのか?」

「ええ。ミカエル様の婚約者が来たってスタッフが呼びに来たから」

「じゃぁマリエルが対応したのか?」

「まさか。私はそれぞれの商品の事なんて何もわからないもの。そのことを説明してスタッフに対応してもらったわよ?」

当たり前のことだと思ってそう言ったのにレオンが固まった


「あれ?」

私何か変なこと言ったかしら?


「…その後クララ嬢は何か?」

「そうね、そのスタッフが『今度からも専属で付いてほしいと言われた』って報告に来たのよね…明日から始めるパートナー制度はそれが元だったりするんだけど」

「なるほど…でもマリエルは心配にはならなかったのか?スタッフが王族に絡む人の対応なんて」

「スタッフの事は信用してるもの。それにうちに置いてる商品はどこに出しても恥ずかしくないものだけだし」

「それはそうだけど…多分普通の商会ならトップが対応してると思うぞ?」

「無理だよ。スタッフよりも知識無いのに何をお勧めするのよ?質問されてもたいして答えられなければそれこそ信用問題に関わるじゃない」

そう返すと大きくため息をつかれた


「それが気に入ったんだろうな…」

「え?」

「俺もだけど…基本的に店に入るとトップが対応する。こっちの意見をほとんど聞くこともなくこれがおすすめだと言ってくるし、その商品に関して質問しても素晴らしい一品だとしか返ってこない」

「何それ…」

「多分クララ嬢もそうだったんだろう。店に行った時にある高額商品をいかに売りつけるか、それしか考えてないやつが多いからな」

「そうなのね。私ならそんな店二度と行かないけど」

その言葉にレオンは何かが腑に落ちたような顔をした


「やっぱお前は最高だ」

「え?何突然?」

「何でもない。マリオン商会がこっちでトップに立つのは予想より早くなるって思っただけだよ」

「そうなったら嬉しいけど別にトップじゃなくてもいいかな。お客さんが楽しく買い物してくれればそれでいいし」

これは正直な気持ちだ

勿論、だからと言って利益度外視など愚かなことは言わない

商会の維持にもお金はかかるしスタッフにも生活がある

品質を落とせば全てに影響が出る


「私たちが目指すのは品質を維持・向上しながら、スタッフとお客様が互いに良好な関係が築ける店づくりだもの。そこに王族も一般人も関係ないじゃない?」

「そうだな。そういう考え方ができるマリエルを愛してるよ」

そう言いながらレオンに口づけられる


「早く結婚したい」

「…私も」

婚約して一緒に住んで毎日求められて愛される

今さらレオンなしの生活など考えられない


「ミカエルがパーティーの後にしろってうるさいんだよな」

「どういう理由でなのかな?」

「さぁ…詳しいことは何も。でもその方が俺たち二人にとっていいからってそれしか言わない」

「パーティーで何かあるのかな?」

「それも不明。ただパーティーでマリエルが傷付かなきゃいいとは思うけど…」

まるで甘えるように私を抱きしめたまま呟くレオンが可愛い

言ったら拗ねるから絶対に口に出しては言わないけど


「大丈夫。何があっても返り討ちにしてあげるから。間違ってもレオンが口出したりしたらダメだからね?」

「何でだよ」

「女の闘いは女がけじめつけなきゃダメなのよ。その場では表面上だけ治まっても水面下ではドロドロなんだから」

「…シャロンがそうだったな…」

遠い目をして言うレオンに苦笑する


「そういうこと。だからレオンは全て終わった後にとどめを刺すだけで充分よ」

「分かったよ。マリエルがそう言うなら我慢する」

「ありがとレオン。大好きよ」

優しい笑みを零すレオンに私の胸も暖かくなる


「ちょっと寝る」

レオンはそう言うなり私を解放しそのまま膝に頭を乗せてきた

「ふふ…お休み」

柔らかい髪をなでながら言うとくすぐったそうに目を閉じる

少しすると静かな寝息が聞こえてきた


一緒に暮らし始めて気づいたことがいくつかある

レオンが夜眠れないということ

私以外の女性に対して驚くほど拒否反応を起こすこと

外で出された食事や飲み物に一切手を付けないこと


それらが意味するのは周りを信用していないということだ

これほどひどくなってしまうだけのことに、レオンがたった一人で耐えてきたのかと思うと心が痛む

レオンがその事を気付かれないようにしているのが分かっている為問いただしたりはしない

でもせめて、夜寝れない分、昼間こうして甘えてきたときは出来る限りゆっくり休んで欲しいと思っていた

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