第19話 話し合い(side:ヨハン)

目の前から突然レオンとマリエルの姿が消えた

現れたのも突然だったのを思い出す


「転移まで使えるということか…」

父さんはそうつぶやきながら項垂れた

魔法が使えるからなんだって言うんだ

そんな事よりあのマリエルの本当の姿は捨てがたい

昔は天使そのものだったが女神のような美しさだった

あれをレオンにくれてやるなどありえんな…


自分の中でどうやってマリエルを手に入れるか考え始めたとたん父さんの言葉に遮られた

「早急にお前たちを結婚させる」

「は?」

「本当ですか?」

不満を返す俺にかぶさったのはシャロンの嬉しそうな声だった


「俺は…」

「否はない。これだけ証拠があるんだ。責任を取るのが筋だろう。それがイヤならインディペイト家を出て行けばいい」

何だと?

家を出たらこれまでの自由な生活が出来ないじゃないか


「レクサ殿もそれでいいな?」

「…さっきの写真を見る限りかなり長い期間だ。ヨハン君以外に引き取ってくれる人はいないだろうな」

「失礼ねお父様」

「おかしいとは思っていたんだ。その容姿なら引く手あまたなはず。でもお前への釣り書きは全く来なかったんだからな」

力なく言うレクサおじさんにシャロンは唇をかむ


「ただし研究費はもう回さん。回す意味もないようだからな」

「…わかりました」

おじさんは項垂れた

でも成果が出なかった以上仕方ないことだろう


「お前たちはこの書類にサインをしなさい」

そう言って書類ケースから取り出されたのは婚姻届だった

シャロンは嬉々としてサインしたが俺は中々ペンが進まない

マリエルの姿が瞼に焼き付いているせいだ

学園に入ってきたときにあの姿だったら絶対に婚約破棄などという計画は中断していたというのに…


「いい加減にしろヨハン。これだけの証拠を提示された以上言い逃れは出来ない。男として責任を取りなさい」

まぁいい。当分の間シャロンの体を味わってから離婚すれば済む話だ

そう考え嫌々だけどサインした


「前に買ってやったアパートは引き払う。お前たちは離れで自分たちで生活しなさい」

「は?」

「当然だろ?婚約期間中の不貞行為の慰謝料が期間によってきめられていることくらいお前も知ってるだろう。さっきの写真を見る限り、不貞行為はシャロンが入学してからこれまで6年半だ。マリエルが入学した時点でやめたならまだしも…とにかく5年までは1年ごとに2千万コール、それ以降は1年ごとに5千万コールが加算される。1年未満は切り上げられるから7年か」

「え?じゃぁ2億コールってこと?」

シャロンがギョッとした顔をした


「それがヨハンに請求される国が認めた最低価格というだけだ。そこに精神的苦痛なんかも乗ってくるだろう。それに婚約破棄はお前から口にした」

「それが何だよ?」

「不貞した当人が婚約破棄を言い出した場合損害賠償として5千万コール」

「…え?」

俺は耳を疑った

そんなの初めて聞いたぞ?知ってたら絶対に言い出さなかったのに…


父さんはさらに続けた

「2億5千万コールはあくまで最低価格だ。当然シャロンにも請求が行く」

「私?なぜ?」

「相手に婚約者がいると知りながら不貞行為を行った場合1年ごとに2千万コールと決まっている。同じように7年分で最低でも1億4千万コール請求されるだろう」

「そんなの知らないわよ…私は…」

「これは学園でも学んだはずだ。だからこそまともな人間なら不貞行為は働かない。それをするのは頭の弱い愚者だけだ」

諦めたように言う父さんに俺は絶句した

これまで大切にしてくれていたはずの実の父に愚者と言われたのだ


「でもおじ様、私はマリエルとは家族で…」

「この期に及んで言い訳は見苦しい。これだけの証拠を出されているしあの様子だと既に訴えを起こした後だろう。それにその家族の縁を切ったのはマリエル自身だ」

父さんの言葉に背筋が寒くなった


今まで長い間何を言っても、どんな扱いをしても、マリエルはただ無表情のまま何も言わなかった

言い返すことも、泣き喚くことも、やり返すことも何もしなかったのだ

それが全てこのためだったのだと気付いてももう取り返しはつかない


「全て把握しながら泳がせていたということだろうな。お前がレオンに対する下らんプライドから余計なことをしなければこんなことにはならなかっただろうに」

「…」

「国から取り立てられる以上逃れることは出来ん。ひとまず俺が立て替えるがこの先30年間、毎月の給料から一定額を返済させる」

「そんなことしたら俺の自由になる金が…」

「知るか。言っておくがお前たちは返済が終わるまで離婚は出来ないからな」

「は?」

「どうせ安易なことを考えていたんだろうがこの書類にもそう明記している」

「どこに?」

俺は書類をのぞき込む

確かにそこには記載されていた

『本契約締結より30年間(360か月)、各自毎月10万コールをカルア・インディペイトに返済するものとする。なお最後の支払いが完了するか、3600万コールの返済が完了するまで離婚は認めないものとし、返済が滞った場合は差し押さえ又は借金奴隷として契約するものとする。また、一方が返済を完了し離婚を望む場合、他方はカルア・インディぺイトの指示に従うものとする』

絶対に逃げられないやつじゃないか…

俺は目の前が真っ暗になった


「…こんな文言を付けるなんてまさか親父はこうなることが分かってたのか?」

「分かってたらぶん殴ってでも阻止したな。サイン前なら魔術でいくらでも文言の追加くらいできる。この程度の常識も知らんとは…」

父さんは顔を顰めた


「まぁいい。とにかく婚約者がいながらこれだけ愛でていた相手だ。何の問題ないだろう?」

トドメのようにそう告げられ言葉を失った

レオンを苦しめたかっただけなのに何でこんなことになったんだ?

俺はただシャロンの体で遊びながらマリエルを虐げてレオンを苦しめたかっただけだぞ?

それが出来たこの6年半は楽しくて仕方が無かったのに…


シャロンの喜ぶ顔に苛立ちを覚えた

でも父さんに逆らってまで生きていく力は俺にはない

こうなったら従うふりをしながらなんとか抜け道を探すしかないな…

父さんたちがまだ何か言っていたが俺の頭の中にはそのことしかなかった

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