第18話 返り討ち
不穏なものを感じ取ったのかヨハンは少したじろいだ
「な、何だよ?」
無言のまま私達に見られヨハンは1歩下がった
本当に情けない男だと思う
「ヨハン様婚約させられてからの長い期間、私が努力し続けていたことが一つだけあるんですよ」
「何だ?飛び級しただけに勉強か?そんなもの何の役にも立たんぞ」
何という暴言…
この人が家を継ぐと思うと呆れるしか出来ない
「ヨハン様に気に入られないこと、ですよ」
「は?」
「あんた本当に気が狂ったの?その顔で気に入るはずがないんだからそんな努力必要ないでしょ」
ヨハンの呆けた顔とシャロンの異常なものでも見るかのような目に吹き出しそうになった
「ヨハン様が私の卒業前に、おそらく大勢の前で手ひどく婚約破棄することは分かってたんですよ?」
「な…何を証拠に…」
「ヨハン様の学園入学前にシャロンとお邪魔して、レオンを呼び出した日を覚えておられますか?」
「…そんなこともあったかしら?」
シャロンが記憶をたどりながら首を傾げた
「あの時にヨハン様の企みを知りました。私たちが火傷の手当てをしている間に気が緩んだんでしょうね?」
「…」
そこまで言うとようやく思い出したようだった
「まさかお前らあんな昔から…」
「ええ。ずっと連絡を取り合ってこの日の為に準備を進めてきたんです。だってこれ以上両家の方たちの駒として自分の人生を無駄にするなんて耐えられませんから」
ねぇ、とレオンに向けて言うと、そういうことだと頷いた
「ずっと?ならお前たちはずっと不貞を働いていたということだな?慰謝料を請求するぞ!」
どの口が言うのだろうか?
「あら、政略的な婚約者にないがしろにされているのに、心の中で救いを求めることすら許されないと?」
「…」
「抱きしめられたのなんて今が初めてですのにそれが不貞だと?」
「そんな証明は出来ないだろうが」
「この国で不貞行為はそれをしたという証拠がなければ成立しません。してないという証拠は必要ないんですよ。もっとも私たちはそんな関係でないので論外ですけど」
「そもそも俺に監視を付けていた方が何をおっしゃるのやら」
レオンは呆れたように返す
「もっとも、監視してるとすぐにばれるような監視が役に立つかははなはだ疑問ですけどね。俺が卒業してたことすらご存じなかったようですし」
まぁそれはレオンが買収したせいだろうけど…
「不貞とおっしゃるならご自分の方が酷いじゃありませんか」
「それこそ何の証拠もないだろう?寝言は寝てから言うんだな」
何故か勝ち誇ったように言うヨハンはある意味大物なのだろうか?
だって…
「証拠ならここに沢山ありますよ」
私はそう言いながら大量の写真をテーブルの上に叩きつけた
その拍子に見事に散らばった写真に私とレオン以外のみんなが息を飲むのが分かった
散らばった写真に写っているのは2人が町の宿やアパート、学園の中、お互いの部屋の中で情事をしている最中の姿ばかりだった
大半が衣類を身に纏ってはいないため言い逃れはできない
「な…これ…何でお前がこんな写真を持っている?俺はずっと監視を雇っていたはずだ!」
「ちょっと待ってよ…見ないで!こんなの見ないでよ!」
呆然とするヨハンとは対照的に、テーブルや床に散らばった写真をシャロンが泣き喚きながらかき集めていた
「シャロンお前は何という…」
レクサが顔を真っ赤にして体を震わせていた
「婚前交渉が許されない国で、さらに婚約者でもキスさえ許さないとされる学園でこれだけ体を重ね合わせているんですもの。立派な不貞行為ですよ?たった今ヨハン様もシャロンも、写っているのが自分だと認めましたしね」
そう言って微笑んで見せる
「良かったですねレクサ様。これだけ既成事実があればシャロンがインディペイト家に嫁げますもの。シャロンも初恋の方の元に嫁げますわね。ただ…2人が婚前交渉をしていたことは有名なので、世間が受け入れてくれるかはわかりませんけど」
「うるさい!黙りなさいマリエル」
「事実をお伝えしているだけですよ?」
「だから黙りなさいって…」
振り上げたシャロンの手がレオンによって瞬時に叩き落された
「何よ…どうせこんなブスすぐに飽きるわよ?」
シャロンは痛みに耐えながら苦し紛れにそう言った
「マリエル…そろそろ元の姿に戻ったらどうだ?あいつとの婚約は破棄されたんだからもういいだろ?」
「私はこのままでもいいんだけど…」
「不当に罵られるのは納得いかない。自分で解かないなら俺が…」
「わかった。解くわ」
苦笑しながらそう答えて自分に魔法を発動させる
「え…?」
「な…」
「マリ…エ…ル?」
「あなたどうして…」
「一体何のために…」
皆それぞれの言葉を口にしながら驚いている
「子どもの頃の面影がある…でもシャロンなんて比べ物にならないじゃないか…何で…」
「酷いわヨハン様」
呟いたヨハンにシャロンが泣き出した
「言いましたよね。あなたに気に入られないように努力し続けてきたんです」
「嘘だ…お前は俺を愛してるから傷ついて…そのせいで無表情に…」
「皆さんそう勘違いされてたみたいですね」
「勘…違い…?」
「ええ。だって私は婚約を破棄してあなたに仕返しする理由が増えるたびに、顔がにやけそうになるのをこらえていただけですもの」
「何…だ…って?」
ヨハンの顔に怒りが浮かぶ
「私は人を人とも思わないあなたを愛するほど馬鹿じゃないんです。おかげで証拠は山ほどありますよ?こんなものも…」
私はそう言いながら魔道具を取り出した
流れ出したのは2人の会話だ
『マリエル、昨日の夜会、とっても楽しかったわよ?』
『お前と違ってシャロンは美人で愛想もいいからな。最初からシャロンを選ぶべきだったかもしれないな』
学園の中庭での一駒
『ヨハン様、今日も愛してくださるんでしょう?昨日みたいに1回で終わりは嫌よ』
『お前も相当な淫乱になったな』
『ヨハン様にだけですからかまわないでしょう?だから早くマリエルと別れて私を選んでくださいね』
ヨハンに与えられている個室の前での一駒
似たような会話が延々と再生される
「クスクス…婚約者である私を蔑ろにしてきた証拠としては充分でしょう?私にとったらもう笑いをこらえるのが必死の会話ばかり。勝手に盛り上がって自分たちの不貞を肯定してくださって感謝したいくらいだわ」
「もう沢山よ!」
シャロンがテーブルを叩きつけた
「せっかくヨハン様から婚約破棄していただいたことですし、不貞行為の慰謝料、しっかり請求させていただきますね」
にっこり笑ってそう言うとヨハンが座り込んだ
「マリエル…シャロンとは縁を切る。これまでの事も謝るから…だから俺とやり直そう…」
「ヨハン様何を…そんなの…」
「お前は黙ってろ!」
ヨハンは縋りつくシャロンを恫喝した
とことん屑なのね…
「お断りさせていただきます。私の決定は覆りません」
「マリエル!」
「はっきり言って気持ち悪いんですよね。シャロンに触れたその手で触れられるのも、そんなあなたに名前を呼ばれるのも、先の事を何も考えていないあなたの側にいるのも」
「ぐっ…」
「私が辛い時に手を差し伸べてくれたのも、私のことを気にかけてくれたのもあなたではなくレオンですもの。この先私が心を許せるのはレオンだけです」
「心配しなくても俺もマリエルもこの国とは縁を切る。隣国で暮らすから二度と会うこともないだろ」
「何を馬鹿な…いくら何でも無謀すぎるだろ。籍は戻してやるから戻ってきなさい」
カルアがもっともらしい言葉を並べた
「戻してやる、ですか…何のために戻るんです?長年求めた空間魔法を利用するためですか?それを俺が同意すると思ってると?」
「…」
図星だったのか、カルアは黙り込む
「俺にとって戻る価値はないでしょう?あぁ、でも、其れなりの対価を用意していただければ空間魔法の商品くらいは提供しますよ。ただし交渉相手は隣国の王太子になりますけどね」
レオンが助けた王族こそその王太子だった
それをきっかけに親しくなり事情を話すとなんでも協力すると言ってくれたのだ
「マリエルはどうする気だ?」
「私だって準備してきたと言ったでしょう?向こうでの仕事もちゃんと決まってます」
「あなたが仕事?そんなの無理に決まってるじゃない」
「そうでもないんですよ?マリオン商会、ご存知でしょう?」
「知らなかったらこの国の人間じゃないわ」
「あれ、私の商会です。今後は隣国で展開するのでこっちは引き払いましたけどね。そう言えばシャロンは出禁になってたわね」
「!」
「スタッフからあまりにも非常識な方が来られたので出禁にしたと報告を受けて、その人物がシャロンだと知って驚きました」
シャロンの顔が真っ赤に染まる
「そういうことなので皆さま、私たちの事はどうぞお忘れくださいね」
「もういいか?」
レオンの問いに頷くと私たちはそのまま隣国に転移した
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