第17話 婚約破棄
「失礼します」
久しぶりに目にした屋敷のドアを開けて中に入ると元父レクサと元姉シャロンが飛び出してきた
「勝手に呼び集めておきながらこれだけ待たせるとはどんな神経をしてるんだ?」
「そうよ。式が終わったのは3時間も前じゃない」
まくし立てるようにそう責める2人を静かに見返す
「…通達に13時からと記載したはずですが?」
「!」
「今は12時45分、時間よりも前のようですけど何か?」
「…本当にかわいげのない」
レクサが吐き捨てるように言いながらサロンに戻る
シャロンも私もその後に続いた
サロンにはすでにヨハンとヨハンの両親も揃っていた
「突然のお呼びたてに応じていただきありがとうございます」
あくまで形式的に告げる
「ああ、構わん。で?」
カルアが私の方を見る
「父さん、マリエルの話を聞く前に言いたいことがある」
ヨハンがそう言って立ち上がった
何かを企んだような笑みをこちらに向けてきたのを、私は内心喜びながら無表情のまま見返した
焦ったヨハンが切り出すことなどたかが知れている
そしてそれを切り出したところで私はダメージを受けないだけでなく、得をするのもわかっているのだ
「マリエル、大切なことを何も話さないお前のような女と結婚するわけにはいかない。この場を持って婚約を破棄する」
ヨハンはどや顔でそう言った
それを聞いて姉が満面の笑みを浮かべた
私は心の中でガッツポーズした
それに気付く者はいないようだけど…
「ま…、お待ちください。突然どういう…」
慌てたのは父一人
カルア様たちは表情一つ変えない
私とのことがなくなっても姉がいるからいいということなのだろうか?
「マリエルは今日卒業した。そのことを俺含め誰にも話していなかった。俺の事を立てることもしないような妻は不要だ。マリエルが何と言おうと俺の決定は覆らない」
ヨハンはさらにそう続けた
「婚約破棄、謹んでお受けいたします…」
「は?」
間抜けな声を出したのはヨハンだった
「俺との婚約がなくなるんだぞ?お前の親への援助も…」
「どうぞ。打ち切るなり返済を迫るなりご自由になさってください」
「な?!」
レクサがギョッとした顔でこっちを見た
「返済って…マリエル、あなた悲しすぎておかしくなったんじゃない?」
シャロンは有り得ないという顔をする
返済など迫られても返すアテがないことくらいは理解しているらしい
「残念ながら悲しいと思う理由がありません。そちらから切り出していただいて、さらに覆らないと宣言いただいたことを喜ばしいとは思いますけど」
「何を…!」
「私は喜んで婚約破棄、了承いたします。ヨハン様同様、私の決定も覆ることはございません」
「この…っ!」
無表情のまま淡々とそう告げると。ヨハンが私に掴みかかろうとした
でもその寸前で私は腕を引き寄せられた
「思い通りに行かないからと女性に暴力を振るうとは…随分落ちぶれましたね」
「お前は…」
「レオン?お前がなぜここにいる?」
カルアとヨハンが信じられないものを前にしたように驚愕の表情を浮かべていた
閉め切った部屋に音もなく突然現れたのだから当然だろう
「大切な人を守る為、ですよ」
レオンはそう言いながら私を抱き寄せた
温かく、力強い腕の中に、私の心臓が早鐘のように打っていた
レオンに気付かれなければいいんだけど…
「マリエル、やっと言える。この先の人生を共に過ごしてほしい」
そう言いながら左手の薬指にレオンの目と同じエメラルドの石の付いた指輪がはめられた
「レオン…嬉しい…!」
流石にこのタイミングでプロポーズされると思ってなかっただけに喜びで涙が溢れてくる
「許さん…そんなこと許されるはずがないだろう!」
「なぜです?あなたは自ら婚約破棄を告げてマリエルは応じた。その時点で婚約は解消されてるし何の問題もないはずだ。最もそれ以前の問題でもありますけど」
レオンは意味ありげに笑って見せる
「どういう意味だ」
「俺とマリエルが結婚しても、インディペイト家ともアジアネス家とも関係ないということですよ」
「は?」
「何それ?意味わかんないんだけど」
ヨハンとシャロンが予想通りの反応をしてくれる
「俺もマリエルももう独立しています。両家とは何の関係もないということですね」
「何を…そんな報告は…」
「家に送らないようにお願いしましたからね。この日の為に」
「私も昨日手続きを完了しました。だから今日の式では家名は呼ばれなかったはずです」
学園にも飛び級制度を秘密裏に進めるためにすべての事情を話している
だからこそヨハンとシャロンの耳には一切の情報が入らなかったのだ
「それと同時に婚約無効の手続きもさせていただきました。婚姻無効の手続きが完了するのは明日の予定でしたけど、ヨハン様が言い出してくださったので1日早く済ませることが出来ました」
そう言いながら私たちはヨハンに独立を証明する書類を渡す
おそらく婚姻に関する言葉の意味を理解できたのはカルアだけだろう
私が婚姻無効の手続きをして完了したなら慰謝料は発生しない
でも、婚姻無効の手続きが完了する前に不貞行為の上に婚約破棄を言い出したとなれば、5000万コールの慰謝料が発生する
その金額は国が決めたものゆえに値切ることも逃れることも出来ないのだ
くだらないプライドでヨハンが言い出した婚約破棄は5000万コールと言う余分な出費を生んだことになる
当然さっきのヨハンからの宣言も魔道具で記録してるから後で追加提出するつもりだ
「独立したことはともかく…これからどうするつもりだ?」
カルアは素早く頭を切り替えたようだ
「これからですか?勿論マリエルと幸せになるつもりですよ」
「そう言う意味じゃないことくらい分かっているだろうが!」
茶化すような返答にカルアが苛立っているのが分かる
「お前だって半年前に学園を卒業したばかりだ。今までの生活は家頼りだっただろうが。独立したなら今後は援助なぞしないぞ」
その言葉にヨハンの顔がこわばりレオンは馬鹿にしたように笑った
「あなたの目は本当に節穴だ」
「何?」
「俺への援助なんて留学して最初の3か月しかありませんでしたよ」
レオンの言葉にカルアがヨハンを見た
「どういうことだ?」
「…懲らしめてやるつもりだっただけですよ。泣き付いてくると思ったのに来なかった。ただそれだけです」
ヨハンは開き直ったようにそう答えた
「ならお前はその後どうしてたんだ?」
「学費と寮費は5年分先払いしていただいていたようなので、それを有効に使わせていただきましたよ?」
何をいまさらとでもいう感じのレオンにカルアは戸惑いを見せる
「最初の2年間で5年分のレポートを出して卒業させていただきました。学費は戻りませんでしたが寮費は3年分返還していただけましたのでそれを運用しました」
自分の息子の事にも関わらずカルアはそれすら気づきもしなかったのだ
「おじ様、レオンは卒業してすぐ騎士団に入って、2年前には隣国の王族の命を救って地位も得てるんですって」
「何…だと?」
「それに…これ、何だと思います?」
私はレオンが去年の誕生日に贈ってくれたブレスレットを見せる
「ただの宝飾品がなんだというんだ?」
「これ、ただの宝飾品じゃないんですよ」
そう言いながら私はそこから本を1冊取り出した
空間魔法の付いた宝飾品はこの国でも出回っているので高価とはいえ珍しいものでもない
でも…
「これ、レオンが造ったんです」
「!!」
固まったのはカルアとヨハンだ
カルアが望み、レクサが長年研究してきた成果がそこにあるのだ
「そんなバカな…」
「残念でしたわね。第2子だからと蔑まずに大切にしていれば、別の未来があったかもしれませんのに」
あの日、レオンは否定したがあくまで可能性の話だから問題ないだろう
「この本、ヨハン様がゴミだからとくださったんですけど…とても興味深いことが書かれていましたの」
「それは確か…」
「流石におじさまはご存知でした?インディペイト家の歴史が書かれた本です」
「おまえは何でそんな大切なものを!」
カルアはヨハンを殴り飛ばしていた
「でも父さん…」
「門外不出の内容も含まれている可能性があるんだぞ?」
「え…?」
ヨハンはキョトンとする
可能性と口走ったということはヨハンだけでなく、カルアもちゃんと読んでいないと言ってるようなものだと本人は気付いていない
「おじ様も目を通されてないのでしょう?」
「何を馬鹿な…」
「だって、目を通されていればこんなことにはなっていませんもの」
「何?」
「ほらここ」
私はしおりを挟んだページを開く
「インディペイト家の血は随分変わってるようですね?生まれ持ったものは少なく、その後の努力次第で通常の倍以上の力を身に着けることが出来る。さらにこうあります」
そこで一度切ってカルアを見る
「第1子は財務、第2子は魔力、第3子は武力の才に秀でる傾向にある」
「そんなこと書いてたんだな」
のぞき込んだレオンが他人事のように言う
「レオンに関しては当たってるよね。その分の努力も並大抵じゃなかっただろうけど」
「お前の為だと思えば大したことじゃないさ」
サラッと言うレオンにヨハンとシャロンの目が吊り上がる
「だから何だって言うんだ?そのブスを娶ったところで周りから笑われて終わりじゃないか」
「…」
ヨハンのその言葉に私達は呆れたように顔を見合わせた
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