第16話 修了式

翌日、私は泊まっていた宿を引き払い、直接学園に向かった

「マリエル!」

入り口にヨハンと姉が待ち構えていた


「あんた外泊許可なんて一体どういうつもりなの?」

姉はまくし立てるように尋ねてきた

おそらく事前に出していた書類を今朝になって目にしたのだろう


普段から色んなアンテナを張り巡らせているのは知っていた

だから一昨日の外泊許可の手続きは、姉たちが帰ってから行ったのだから知るなら今朝しかないのだけど


「何のための外泊許可だ?こんなこと今まで一度も無かったのにどういうことだ?そもそも何でそのことを俺に相談しない?」

立て続けに飛んでくるヨハンの問いに無言で返す


「俺は婚約者としてお前の行動を把握する必要がある。正直に応えろ」

「婚約者らしいことなど何もしていただいてませんけど?義務を怠り権利だけ主張しないでもらえます?」

「な…」

ここまではっきり言い返したのは初めてなだけに戸惑っているのが分かる


「姉を常に側に置きながら私を『婚約者』だなんて…寝言は寝てから言ってもらいたいわ。最低限の礼儀も取れない婚約者など私は必要ありませんし」

「マリエルあなた何を…」

戸惑う姉を見て大声で笑い出しそうになるのを何とか耐えた


「ふふ…別に何も。あまりにも納得しがたい言葉ばかり飛んできたせいかしらね?たまには反論しておいた方がいいのかしらと思って」

「「な…」」

「修了式に遅刻したくないので用がそれだけなら失礼しますね」

私はそう言って2人の前を後にした


*******


「一体何が起こってる?マリエルが言い返すなど…」

ヨハンは信じられないものを見たとでも言うようにマリエルの去っていく姿を見ていた


「心配いりませんよ。ヨハン様」

「しかし…」

「きっと頭ごなしに言われて悲しみが大きすぎただけでしょう?」

シャロンは楽しそうに笑いながらそう言った


「確かにそれは有り得るな…」

「そうですよ。マリエルに限って特別なことなんて起こりっこないですから。もうすぐ式が始まりますから行きましょう?」

「そうだな…」

ヨハンはどこか腑に落ちない顔をしたものの、考えてもわからないとでも言うように首を振る

2人は時計を見て慌てて動き出した


*******


学園のホールに全校生徒が集まっていた

学園長のあいさつや成績優秀者の発表等いつも通りの手順で進んでいく

「最後に…」

もう終わるだろうと思ったタイミングで学園長がいつもと違う言葉を続けた


「飛び級制度を利用して本日卒業する者を発表する」

“ザワ……”

一瞬の沈黙の後一気にホール内がザワついた


「飛び級って?」

「そんな制度あったの?」

「えー誰だよ?」

様々な声が上がる

多数の生徒がキョロキョロと挙動不審になる中、ヨハンとシャロンもそんなこと聞いてないけど…と2人顔を見合わせている

事務局の人間が聞いていない等本来ならありえないことだ


「マリエル、前へ」

「はい」

名前を呼ばれ舞台に上がる


「な…どういうことだマリエル!?」

ヨハンが舞台に上がってきて掴みかかる

その後ろからは姉も付いてきて同じように腕を掴んだ


普段のヨハンとシャロンからは想像できない行動に舞台の下から見ている生徒たちはさらにザワついた

「ヨハン様が女性に掴みかかるなんて…」

「たとえどんな相手でも女性に掴みかかるとは…男としてどうなんだ?」

「シャロン様もとても穏やかな方だと思ってたのに…」

「お二人には幻滅だわ…」

昨日までと正反対の評価を下す生徒たちに、表面だけに踊らされるものなどこの程度なのかと私は無表情の仮面の裏で呆れていた


「君達は戻りなさい。今は正式な式の最中だ」

学園長の重低音で告げられると流石に状況を理解したのか2人はバツの悪い顔をしながら舞台から降りて行った


「この学園では珍しいことだが正式に卒業と認定する。おめでとう」

「ありがとうございます。最後までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いや。君の立場なら仕方がなかったことだと理解している。これからも頑張りたまえ」

学園長の言葉に深くお辞儀するとどこかから拍手が聞こえてきた

音の方を見るとモニカが笑顔でこっちを見ていた

少しずつ音が大きくなっていく

この日、私は企んでいた通り飛び級制度を使って卒業した

本来の卒業まではあと半年、これでヨハンと姉の計画は狂ったはずだ



修了式が終わるとヨハンと姉は私の元まで駆け寄ってきた

「説明しろマリエル。飛び級制度なんて一体どういうことなんだ?!」

「そうよ。大体なんで学園の事務局に居る私たちが知らなかったのよ?」

掴みかかる様に尋ねてくる2人にため息をつく

あえて2人に伝わらないようにしていただけの事だとどうして気付かないのか

2人の頭の中はどこまでもお花畑なのだとこっちの頭が痛くなる


「今日の午後、アジアネス家のサロンで両家が集まります。昨日通達が出ているはずですけど」

「ああ、受け取っているし、今から向かう予定だが…」

「ではその場所で。こんな場所で話す話でもありませんしね」

私はそう言って歩き出す

あの様子からするとロバートは役所内の監視をちゃんとしていたということなのだろう


学園長はじめ協力してくれた方々にお礼を告げてから私は学園を後にすると、町でランチを済ませてからアジアネス家に向かった

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