第13話 シャロンとの時間(side:父 レクサ)

シャロンが卒業してもうすぐ1年

マリエルは寮にいるから穏やかな日々が送れると思っていた

でもそれは間違いだったようだ

私は毎日のようにマリエルを蔑む言葉を並べるシャロンにウンザリしてきていた

以前は気づかなかったがまさかこれがマリエルに直接投げかけられていたとは思いたくない

今は気がゆるんでいるだけだと自分に言い聞かせていた


「お父様!」

帰ってくるなり執務室に飛び込んできたシャロンはどことなく機嫌が悪い


「どうしたシャロン、今日は町に行くと言っていなかったか?」

「行ったわよ?最近有名になったマリオン商会にね」

「ほう…品ぞろえも質も良いと聞くな」

夜会などで話題に上がることの多い商会だ

会頭の素性は明かされていないらしいがかなりのやり手らしく、この1年は隣国とも取引をしていると聞く


「で、どうだったんだ?」

「最低よ」

吐き捨てるように言ってソファーに座るシャロンに目をやると悔しそうな顔をする


「とても気に入った商品があったからいつものように買おうと思ったのに…」

「どうした?」

「付けでの買い物は受け付けてないって言うのよ。世間では当たり前の、後で屋敷に請求書を届けるシステムも使えないって」

「それはまた珍しいな。その場での現金購入のみということか?」

「ええ」

かなりむくれているあたり小遣いが足りなかったのだろう

自分で働いてる上にそれなりの額を回しているというのに何に使っているのだろうか?

一度ちゃんと調べるべきかと考えていると…


「ねぇ、お父様から何とか言ってちょうだい?」

「それは…流石に無理だよシャロン」

「どうしてよ?!」

私を睨みつけてくるシャロンに一瞬たじろいだ

この娘はいつから、気に食わないことがある度にこんな醜い顔をするようになったんだろうか

黙っていれば天使のような顔で勿体ないにもほどがある


「商会は裏で全て繋がっているんだよ。どこかの機嫌を損ねればすべての商会を敵に回すことになる。そうなれば生活に必要なものさえ買えなくなってしまうんだよ」

こんな子供でも知ってることを改めて説明するまでもないはずだが…

きっと頭に血が上ってまともな考えが出来ないのだろう


「だったらお父様の研究費を私に回してよ」

「何を…」

「空間魔術の研究?だっけ、昔っからずっとしてるけど進展ないんでしょう?続けるだけ無駄じゃない」

その言葉に流石に腹が立ってきた


「この研究はインディペイト様たっての要望だ。それに口をだすことはたとえシャロン、お前でも許さないぞ」

「…!」

引きつったシャロンの顔に自分が声を荒げたことに初めて気づいた


「…すまん」

「私もごめんなさい」

ぼそりと呟くように言うシャロンを抱きしめる


「明日、銀行に行ってくるよ」

「本当に?」

「ああ。少しくらいなら何とかなるだろう」

「ありがとうお父様!大好きよ」

満面の笑みを浮かべるシャロンはまるで小さな子供のようだった


「そういえばマリエルの事はよく聞いているが…シャロンから見て学園でヨハン君とマリエルはどうなんだ?」

「どうもこうもないわ」

その意図が分からずシャロンを見る

卒業してからヨハン君の紹介で事務方で勤めることになったと聞いたときは驚いたが…

姉のシャロンにそこまでしてくれるのだから当然うまくいってるものだと思っていた

そんな私にシャロンは予想外の言葉を投げつけてきた


「マリエルったら天使のようだった容姿がどんどん崩れて言ってるのよ?今ではその辺の女たちと変わらない」

「そうか…それはヨハン君も悲しむな」

だが政略結婚に容姿など大した問題じゃないだろうに

そもそも容姿を気にするなら最初からシャロンを選んでいたはずだ


「それだけじゃないのよ?ヨハン様が話しかけても無表情で愛想のかけらもないんだから…」

「何だと?」

それはかなり大きな問題だ

もしヨハン君の機嫌を損ねれば研究費がもらえなくなってしまう


「あと1年ちょっとなんだ。そしたらヨハン君と婚姻して援助の体制も強固なものになる。シャロン、お前からもしっかりフォローをしておいてくれ」

「もちろんよ。その点は安心して頂戴。私が誠心誠意フォローしてるから」

「そ、そうか…なら安心だな」

自信ありげに言うシャロンが頼もしく見えたのは初めてだった


「それよりお父様、婚姻はマリエルの卒業後すぐなのよね?」

「その予定だが…最終的には卒業式の1週間前に両家が集まって話をして決めることになってる。その日はシャロンも出席しなさい」

「分かったわ。両家が集まってって言うことは…レオン様も戻ってこられるの?」

「そのはずだ。それにもうすぐ隣国の学園を卒業するはずだが…」

「卒業しても向こうに残られるの?」

「ああ。向こうで人脈を広げるために残らせると聞いてるな」

そう言うとシャロンは意味ありげに笑った


「とにかくあと1年が勝負だ。できることならその前にシャロンの婚約者を決めたいものだが…」

そうは言ってもなぜかシャロンへの釣り書きは来ないのだ

これだけ優れた容姿をしているというのに…


「気にしないでお父様。私の事はマリエルの問題が片付いてからで構わないの」

「しかしそういうわけにもいかないだろう?妹の結婚式に姉のお前がちゃんとしたパートナーさえいないなど…」

「大丈夫よ。それにマリエルたちの間に万が一のことがあるとも限らないでしょう?その時は私がマリエルの代わりを務めるわ」

「お前…」

まさかシャロンはまだヨハン君の事を思い続けているのか?

いや、流石にそんなことは無いだろう

婚約してからマリエルが卒業するまで10年。一時の一目ぼれでここまで引きずる等ありえない

そう思い直した

それが大きな間違いだとも知らずに…

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