第11話 卒業したはずの人

ヨハンが卒業式を終え、少しは平和な学園生活になるはず

そう思っていた私は始業式で自分の甘さを思い知る


「ねぇ、どういうこと?」

モニカが私の肩を掴んで尋ねてくる

それ、私が聞きたいんだけど?

そう言うわけにもいかず困惑の表情を浮かべるしか出来ない


ステージの上では、新任の職員の挨拶が行われていた

その中にヨハンの姿があった

学園を去ったはずのヨハンは事務局の人間として学園に舞い戻ってきたのだ

女生徒の多くが喜びの声を上げている

それを私は白けた気分で聞いていた


「一体何のために…なんて聞くまでもないわね」

「…あなたを虐げるため?」

「でしょうね」

私はそれ以外に思いつかなかった

ヨハンはご丁寧に学園での私の状況をレオンに報告させているらしい

私が何とも思ってなくてもレオンはそうは思わないだろう

大丈夫だと言っても心配で仕方ないのを前面に出す人だから…


「ほんとに最低な人…」

思わずつぶやいた私をモニカが驚いたように見た


「…あんたがそう口にするのは珍しいわね」

「そう?心ではずっと思ってるけど」

「…でしょうね」

否定はしないし疑いもしないわとモニカは笑う


「そう言えば最近あんたの無表情は悲しみが深すぎたからだって噂が出てるわよ?」

「は?」

呆れたような返答にモニカは吹き出した


「やっぱそうなるわよね。でも、その話、ヨハン様自身がしてたわよ」

「…馬鹿なのかしら?」

「真相、教えてあげたら?」

唯一真相を知ってるモニカはクスクス笑いながら言う


「勿体ないから教えてあげないわ。でもそう思ってるならある意味好都合ね。せいぜいそう思い込んだまま頑張って欲しいものだわ」

「…あんた本当にいい性格してるわ」

どこかで聞いたセリフだわ


「あと3年、この調子で行けば来年は姉も同じように学園の職員になるんでしょうね」

「それは…十分考えられるわね」

「これ見よがしに私の前で下品にイチャ付いて、無表情な私を見て傷付いたと勘違いしたままレオンに報告を回す。レオンにはどれだけ言っても傷ついてないって信じてもらえないけど…」

「それはどっちかというとそばで守れないのが悔しいだけなんじゃないの?」

モニカに言われ何かが腑に落ちる


「…そうなのかな?」

「多分。少なくとも私はそう思うけど?」

たしかにそう考えた方がしっくりくるかもしれない

どうして今まで気づかなかったんだろう?


「ありがとモニカ。ちょっと心が軽くなったかも」

「それは良かった。で、これからどう動くつもり?」

「そうね…ちょっと考えなきゃいけないみたいね」

想定外の動きをされた分予定を組みなおさなければならない

このことをレオンにも報告しておかないと…


そんなことを考えているうちに始業式が終わり、皆が教室に移動し始めた


「マリエル」

呼び止めたのは姉の声

大きく息を吐きだしてから振り向いた

そこにはヨハンに肩を抱かれた姉がいた

ホールには私とモニカ、姉とヨハンしか残っていなかった

2人はそのタイミングを狙ってきたようだった


「ヨハン様って本当にやさしいわよね」

姉は嬉しそうに笑いながら近づいてくる


「私が寂しいって言ったら事務局に入ってくれたのよ。ね、ヨハン様」

「ああ。身も心も捧げてくれるシャロンを一人にはしておけないからな」

そう言いながら姉を見るヨハンの目は冷たい

これになぜ気付かないのか…

姉に対するある種の哀れみが日に日に大きくなる


「それにしてもマリエル」

「?」

「いい加減昔の姿を取り戻せ。そのままじゃ今度の夜会にも連れていけないからな」

その言葉に私は扇子で顔を隠した


「今さら傷ついても遅いのよ。前からずっと言ってるでしょう?」

「そういうことだ。昔の姿を取り戻すまでは代わりにシャロンを同伴する。それがイヤなら努力しろ」

私は無言を貫いた

それを肯定と取ったのか2人はニヤリと笑ってから去って行った


「やっぱりあれがこの先も続くのね?」

モニカが呆れたように言う


「ねぇ、昔の姿を取り戻せってどういうこと?」

「それは…寮で説明するわ。学園ではちょっとね…」

「…了解」

少し考えながらモニカは頷いた


「それにしても何で扇子?」

「…隠してないとまずいのよ」

「は?」

首を傾げるモニカに私はポケットから取り出した魔道具のスイッチを押した


『私が寂しいって言ったら事務局に入ってくれたのよ。ね、ヨハン様』

『ああ。身も心も捧げてくれるシャロンを一人にはしておけないからな』


ついさっき耳にした言葉が流れる

「これって…」

「二人が不貞を働いてる証拠の一つ、よ」

私はニヤリと笑う


「これだけじゃ証拠としては弱いけど、こういうのが沢山あったとしたら?」

「…大きな証拠になるわね。あんたまさか…」

「そのまさか。これまでのも全て蓄積してるわ。定期的に編集してるからいつでも提出できる状態になってるの」

言い切る私を唖然とした顔で見てくる


「証拠として録音されてるとも知らずに勝ち誇って言う2人を前にしてると、口元のゆるみが抑えられないのよね」

「まさか…そのための扇子?」

「そういうこと」

そう言うとモニカは脱力した


「何とも思ってないがための無表情ってだけじゃなかったのね?ダメだ…今度から私もにやけそう」

そんなモニカを見て私も笑みを零す


「魔道具も追加で仕入れなきゃいけないし忙しくなりそうね」

「いくらでも協力するわよ」

「あら、いいの?」

「もちろん。こんな楽しそうなこと黙って見てる方が馬鹿でしょ」

モニカの言葉は自然と私の心を軽くする

想定外の事が起こったものの何とかなりそうだとそう思えた


その日の夜、寮で元の姿の話をするとモニカは始終驚いていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る