第8話 初めての友達

「やっと帰ってきたわね」

寮の入り口の前で待ち構えていた女生徒がそう言った

クラスメイトにいた顔だと思いながらも特に興味はない

名前など元から覚える気もないので知らない

ただ、この日の厄介ごとはまだ終わっていなかったらしいと思っただけだった


「あなた恥ずかしくないの?」

「言ってる意味が分からないんだけど?」

ウンザリしながら答えたのが気に障ったのかいきなり掴みかかられた


「仲のいい2人を引き裂くような真似はやめろって言ってんの!。想いあう2人を引き裂くお飾りの婚約者って言われてることくらい知ってるんでしょう?そんなうわさを毎日聞かされる方の身にもなってよね」

「…」

またかとため息をつく


「何よ?言いたいことがあるなら言いなさいよ」

喧嘩腰に言ってくるのを見ながらこれは新しいパターンだわと思う自分に呆れた


「…婚約者を変われるものならいつでも変わるわ。それを望むならヨハン様を説得してちょうだい」

「は?」

ポカンとする彼女に更に続ける


「私たちの婚約はヨハン様の意思。ヨハン様が本当に姉を必要とするなら勝手に婚約者を入れ替えるでしょうね」

その言葉の意味を彼女はようやく理解したらしく複雑そうな顔になる


「丁度いいから皆にも伝えてくれない?同じ説明を何度も繰り返しするのもウンザリなのよ」

私はため息交じりにそう言って彼女を置いて寮に入った

本当に何でみんな気付かないのかしら?

そう思いながら…



翌朝、寮の部屋を出ると昨日の女生徒が待ち構えていた

「…またあなたなの?」

ウンザリした顔を向けると彼女はいきなり頭を下げてきた


「昨日はごめんなさい。ちょっと考えればわかったことだったのに…」

「…」

この潔さは悪い気はしないなと思う


「周りの言葉で惑わされた自分が恥ずかしいわ」

そう言った彼女は本当に申し訳ないという顔をしていた


「別に構わないわ。もう慣れた事だから」

用がそれだけならもういいかしら?とその場を立ち去った

でもその日から彼女、モニカはやたらと私にかまう様になった

話しかけてきたり、ランチを一緒に取ろうとしたり…

めんどくさいと思いながらも、ある意味新鮮なので好きにさせることにした


「おはようマリエル」

教室に入ってくるなりモニカは私の側にやってくる

その様子をクラスメイトが遠巻きに見ていた


「私に話しかけてるとあんたまで噂の的になるわよ?」

「ん~別に好きに言えばいいと思うけど?」

想定外の反応だった


「私はマリエルに興味がある。だから話しかける。シンプルでしょう?」

何か文句ある?と続けられれば私に返す言葉は無い

こんな風に接してくる人間が周りに居なかっただけに戸惑いはするものの悪い気はしなかった


「マリエル、あなたいつになったらヨハン様を解放するつもり?」

そう言って私の前に立ちふさがったのはクリスとジュディだった

クラスメイトでありながらあれから1年以上、特別なかかわりは無かった

そのクリスが突然私につっかかってきた理由は簡単だった


「八つ当たりは見苦しいわよ?」

「や…?!」

「入学した日以来全く相手にされなかったんでしょう?声をかけてもらうこともなかったんじゃない?」

「!」

クリスの顔が真っ赤に染まる


「数日前、痺れを切らせて再びヨハン様の元に向かったのよね?」

「な…んでそれ…」

「何ででしょうね?でもそこであなたが全く相手にされなかったことも知ってるわ。当然ね。彼の今の好みは巨乳美人だもの」

そう言いながらクリスの胸元に視線をやる

ささやかな膨らみ

どう見てもヨハンが好むサイズではない


「何よ…あんただって全く相手にされてないくせに!」

そう言いながらクリスは私の頬を打った


大きな音が響きクラスメイトが私たちに注目した

「あ…」

自分のしでかしたことに気付きクリスの体が震えだす


「八つ当たりの次は暴力?次は何かしら?」

「ちが…そんなつもりじゃ…」

「言い訳はいらないわ。どうぞ気の済むまで殴りなさいな」

にっこり微笑んでそう言うとクリスは必死で首を横に振る


「何か注目を浴びてしまったみたいね…丁度いいから皆さんにもお伝えしておくわ」

私はそう言いながらクラスメイトを見渡した


「私はヨハン様との婚約など興味がありません。相手にされていないのもむしろ喜ばしいと思っています。このままできるなら婚約解消していただけた方が助かる。それが私の本心です」

その言葉に皆がざわついた

ヨハンはあれでも表面的には有望株だ

容姿端麗、成績も悪くない

何よりこの国の中でかなりの権力を持つ家の跡取り

そんな相手を望まないはずがない

それが一般的な意見なのだろう


「何故かなんて説明するまでもないでしょう?このクラスにさえ5名ほどヨハン様に抱かれた方がおられるんですもの。そんな節操無、熨斗つけて差し上げるわ」

あえてその対象の女生徒を順に見ながらそう告げる

彼女たちは青ざめながらも何とか平静を装った


「私は静かに学園生活を送りたいの。もう二度とくだらない事を言ってこないでね」

温度の無い声でそう締めくくると教室を出た

クラスメイトの話題の中心はヨハンに抱かれた生徒にすり替わる

ささやかな仕返しが成功したと私はほくそ笑んだ


「…意外といい性格してるのね」

「モニカ…」

「でもいいと思うわよ」

ドリンクを私の方に差し出しながらモニカはニヤリと笑った


「あんたもいい性格してるわ」

ため息交じりにそう言いながらドリンクを受け取る


「誉め言葉をありがとう」

「誉めてないわよ。分かってるくせに」

そう言いながらもそんな軽口を叩けるのが嬉しいと感じた


「うちのクラスに5人もいるって本当?」

「残念ながらね」

「シャロン様はそのことは…?」

「頭の中、お花畑だからね」

「つまり気付いてもいないと?」

「自分の信じたいことしか信じないし、納得いかなければ自分の望んだとおりに無理矢理持って行こうとする。そういう人よ」

「…」

モニカはウンザリという顔をした


この日からモニカと仲良くなり、色々話すようになるのに時間はかからなかった

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