第6話 学園生活のはじまり

姉とヨハンの嫌がらせは時を追うごとに酷くなっていった

でもそのことに気付く人はいない


ヨハンは14歳になって学園に入学すると、来るもの拒まずという浮名を流すようになった

でもそれは表立っては流れないため姉の耳には入らない


姉は相変わらず『レオンを苦しめるために選ばれた婚約者』である私に皮肉を言い続けた

その裏でヨハンとキスしたり抱き合ったりしていることがばれていないと思っているのが滑稽だった


私にとって救いだったのは学園が全寮制で長期休暇以外は帰宅の許可が簡単にはおりないということだった

おかげでヨハンが入学し、その翌年姉が学園に入学すると比較的平和な日常を送ることができた


あの日以来父とはずっと険悪で同じ家の中にいても会話をすることも顔を合わせることもめったにない

それでも追い出されたりしなかったのはきっと、援助が打ち切られたら困るからなのだろう


私はその環境を利用して誰にも気づかれないまま独立する準備を整えてきた

そんな日々が変わったのは私が14歳で学園に入学した時だった


入学した私の前にヨハンは顔さえ出さなかったのだ

これまで他人の前では溺愛しているふりをしてきたヨハンの豹変に驚いた


「ねぇ、マリエルは本当にヨハン様の婚約者なの?」

クラスメイトがクスクスと笑いながら訪ねてくる


「ダメよクリス、そんなこと聞いたら可哀想じゃない」

「それもそうねジュディ。教室に様子を見にも来ない婚約者だなんて…私だったら耐えられないわ」

クリスはいやらしい笑みを見せながらそう言った


「マリエルには早く婚約を解消することをお勧めするわ。だってヨハン様が求めてるのはあなたじゃないんだもの」

そう言うクリスを私は冷めた目で見返すと、クリスは制服の胸元を少し緩めて見せた

そこには付いたばかりだろう鬱血痕がいくつかついていた

自分はヨハンにこの痕を付けられるような関係なのだと言外に伝えたいらしい


「残念ながら私がそう望んだとしてもヨハン様がそれを望まない限り解消は出来ませんので」

淡々と告げる

今さらそんなことで動揺などしない

ヨハンは5年前から数えきれないくらいの女性の体を貪っているのだから

むしろこっちから願い下げだと心の中で毒づきながら微笑みさえ浮かべて見せる


「な…」

クリスの顔が歪む


「それよりも、入学したその日にそういう行為をされるのはどうかと思うけど?この国は婚前交渉自体が許されない上に、この学園は婚約者であってもキスさえ許さないことくらいご存知でしょう?」

そう言うとクリスは勝ち誇ったように鬱血痕を見せてきたときと打って変わって青ざめた


「それともう一つ、私を排除してもあなたに順番が回ることは無いと思うわよ。入学したてでご存じないみたいだけど、今ヨハン様は私の姉といい仲のようですから」

にっこり微笑みながらそう言って2人の前から立ち去った

でも似たようなことは次々と起こる

正直ウンザリしてしまう

直接言ってこられるのも陰でささやかれるのも傷つきはしなくても気分のいいものではないのだから…


「ったく…」

大きなため息をつきながら中庭に目をやって、そんな自分に後悔した

そこには姉を腕にぶら下げるヨハンがいた

幸せそうに笑う姉を哀れに思う

だからと言って全てを教えてあげようという気にもならないけど


「やっぱり2人はお似合いよね」

いつの間にか背後に3人の女生徒がいた

リボンの色を見れば姉と同じ色だった

つまり、姉の取り巻きというあたりかしら?


「あなた、シャロンの妹でしょう?」

「それが何か?」

「あのお似合いの2人を見て心が痛まないのかしら?」

「おっしゃっている意味が分かりませんが」

あえてそう返してみる


「…本気で言ってるなら救いようがないわね」

「本当に。愛し合っている2人を苦しめるのがそんなに楽しいのかしら?自分は全く相手にもされてないのに」

「どの口が言うのか疑問ですね。それに苦しんでるようには見えませんが」

そう言いながら中庭の2人を見る

はたから見れば仲睦まじいカップルだ

もっともその振る舞いは下品にしか見えないが


「それに、私が彼を引き留めているわけではありませんので」

「何ですって?」

「私は別にいつ婚約を破棄していただいても構わないということです。すべてはヨハン様次第」

「そんな負け惜しみ…」

明らかにためらっているのが分かった

自分たちの持っている情報とずれが生じているのだろう


「姉に何を言われたかは存じませんけど、少し考えればお判りでしょう?インディペイト家を相手に我が家が何かを強要する等出来ないことくらい」

つまり続行も解消も我が家の意思は汲み取られないということだ

それくらい子供でも分かるだろうにと逆に哀れになる


「姉を隠れ蓑にして自分の望みを伝えるのはどうかと思いますよ?」

「な…んの事かしら?」

「そうよ。何が言いたいのかしら?」

「失礼なこと言わないでちょうだい」

彼女たちは少し引きつった顔で笑顔を作ろうとしていた


「あなた方3人とも、入学早々ヨハン様に迫って抱いていただいた方ですものね。皆様揃って1度だけのようですし姉に負けた立場ということでしょうけど」

私はヨハンを監視させている

この先、何があっても自分の身を守るために相手の情報は不可欠だからだ

ヨハンが関係を持った女性は情事の事も含めて、詳細に全てが報告されているし、証拠も全て手の内に抑えてある

その報告の中にこの3人は入っていた

幸か不幸か大抵のものは一度目にすれば忘れない記憶力のおかげでこの場はすぐに片付きそうだ


「は?」

「ちょっと待って、あんた達まさか…」

「あんたこそ…!」

思った通り、お互いに隠していたのか醜くもめ始めた3人を放置し私はその場所を後にした

この後、3人と姉との関係がどうなろうと私の知ったことじゃないのだから


「入学早々ここまでとはね…」

寮の自室に入るなりベッドに突っ伏した

好奇の目に晒され、陰口を言われ、絡まれる

これがこれからの日常になるのかと考えると何もかもがイヤになってくる


「レオン…」

本来ならレオンもいたはずの学園

でもレオンはヨハンの嫌がらせで隣国に留学させられた

彼の企みを考えればその方が都合がいいものの、この場に彼がいないことは私にとってかなりのダメージだった

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