第5話 ヨハンの企み

婚約してから3年が経った

相変わらずヨハンは姉を側に置く

それなのに他人がいる前では私に愛をささやく器用さには驚くほどだ


「丁度いいからレオンも同席させよう」

ヨハンがそう言いだしたのはヨハンの学園入学を1週間後に控えた時だった

「そう言えばレオン様はあれ以来お会いしてませんわ」

「そう?」

ヨハンは思い返しながら使用人にレオンを呼びに行かせ、何故か立ち上がる


「兄さん突然呼んで何…」

入ってくるなりそう尋ねかけたレオンは固まった


「…どういう取り合わせ?」

「もうすぐ学園の寮に入るから、その前にと婚約者とその姉をご招待しただけだ」

「…そう」


「お前も久しぶりだろう?女性らしくなってきたマリエルに会わせてやろうと思ってな」

そう言いながら何故かヨハンは私の隣に座り髪をすくって口づけた

背筋が寒くなり顔がひきつりそうになるのを何とか耐えた


「兄さんの惚気は聞き飽きたよ」

ヨハンの行動とレオンのその言葉に姉の視線が突き刺さる

私は何もしてないんだからヨハンを恨めばいいのに…


「まぁそう言うなよ。お前もマリエルのこれからが楽しみだと思わないか?」

「さぁね」

興味なさげに言うレオンの手が強く握りしめられていた

この時私は気付いてしまった

ヨハンがレオンに向けて蔑むような目を向けていることに

でもその理由が全く分からない


「あ…」

動揺して思わずカップを滑らせてしまった


「大丈夫か?手にかかったのか?」

「え…えぇ。でも大丈夫です」

取り出したハンカチで濡れた手を拭きながら答える


「大丈夫なわけないだろう。レオン、冷やすのに付き合ってやってくれ」

「…あぁ」

レオンに目で促され私はレオンについていく

何で婚約者である自分が付き添わないのかと言いたくなった

いうだけ無駄だから言わないけど


「本当に大丈夫か?」

さっきのヨハンとは違い本当に心配そうに尋ねてくる


「ちょっと熱かっただけだから」

「…ちょっとって感じじゃないだろ」

真っ赤になった私の手を見てレオンはため息交じりにそう言った


「ごめんな」

バスルームで水で手を冷やしているとレオンが突然謝ってきた


「え?」

「兄さんの態度が建前だってことくらいは分かる。どうせさっきまではシャロンを抱き寄せてたんじゃないのか?」

「…」

「父さんに似て女好きなのは知ってる。12の時に筆おろししたって言いふらしてたし…父さんに強く釘を刺されてるからマリエルにはそういうことはしないだろうけど」

それは私以外にはするともとれる言葉

既に知ってるから驚きはしないけど


「多分俺が口を出したり守ったりすれば酷くなる。俺に力があれば奪えるのにな…」

「レオン…その気持ちだけで充分だよ」

そう答えながらも涙が溢れてきた


元々望まない婚約だった

あの日から私の中ではレオンに対する気持ちが大きくなるばかりだった

同時にレオンが私を思ってくれてることも理解していた

でもそれを口にすることは叶わない

出会ってから3年、まだ11歳と12歳になろうとしているにすぎない私達にはどうすることもできない

そのことが酷く悲しかった


「…ありがとう。もう大丈夫」

赤みが引いた手を拭きながらつぶやいた

またヨハンと姉の元に戻らなければならないと思うと気が重い

それでも戻らないわけにはいかない


「マリエル、これを。空間魔法も付いてるから大切なものはその中にいれるといい」

渡されたのは小さな宝石の付いたネックレスだった


「それなら服の下に隠せるだろ?」

「うん…ありがとうレオン。大切にするね」

早速身に着け服の中に隠す

見つからなければ取られることもない

それがレオンが考えてくれた方法の一つだ

これまではベッド下の床板をめくってそこに隠していた


「戻ろう」

促されて重い足を動かす

そして部屋の前まで来てドアを開けようとした時、信じられない言葉が聞こえてきた


「それにしてもヨハン様は意地悪です」

「そう言うなよ。レオンの前だけだろ?」

「でも…」

姉の拗ねるような声が聞こえる


「俺がマリエルを選んだのは、レオンがマリエルを気に入ってるからだって言ってあるだろう?」

「それは聞きましたけど…でもどうしてなんです?」

「俺はあいつが心底嫌いだ。だからあいつの気に入ってるマリエルを取り上げた。当然、マリエルに気持ちが向くことは無い。俺が土壇場でマリエルを捨てたとき、レオンがどんな顔をするのか楽しみで仕方ないんだよ」

その言葉に私思わずレオンを見た

怒りに震えているのが見て取れる


「レオンは俺には逆らえない」

「どうしてですか?」

「インディペイト家は家長と跡継ぎの言葉が絶対だ。次男以降に自分の意思は必要ない。奴隷のように従うのが定めなんだよ」

ヨハンの声は楽しげだった


「レオンの望むものは全て奪う。それが俺の楽しみだ」

「悪い人」

「何とでも。とにかくそのためならマリエルを気に入ってる演技くらいいくらでもしてやるさ」

「でも、それでもやっぱり悲しいです。私の目の前でヨハン様がマリエルを褒めるなんて」

「そう言うな。ちょっとの間我慢するだけだろ?」

「もぅ…じゃぁこの間みたいな口づけ、してください。それで今日は我慢します」

「この間みたいな?…あぁ、舌を絡めるのが気に入ったのか?」

「言葉にしないでください!」

少しムキになったような姉の言葉に絶句する


「レオン」

私はレオンの服の袖をつかんでいた


「何があっても耐えてみせる。耐え抜いて…成人したら絶対独立する」

この国では18歳で成人とみなされる

18歳の誕生日を迎えたその日から、自分の意志で親の後見を外れる独立することも出来るのだ


「婚姻は学園を卒業してからだから、その前に独立する。あの言い方ならきっと卒業直前に婚約破棄してくると思う。その時に返り討ちにするわ」

中に悟られないように小声で伝える


「…じゃぁ俺はその時に必ず迎えに行くよ。だから、その後は一緒にいてくれるか?」

「レオンが望んでくれるなら」

2人顔を見合わせて決意する

必ず自分の人生を取り戻すと

そのためならどんな屈辱も耐えて見せると誓った

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