34話 【呼び出し手】と四大皇獣

 魔道書を購入してから後の日は、あっという間に過ぎていった。

 クズノハに頼んで旧王宮跡のような王都の名所を見て回ったり、美味しいものを食べ歩いたり。

 そうやって過ごしているうちに、遂に指輪の効力が切れる直前の四日目の夜に差し掛かっていた。


「指輪の文字が、光ってる……?」


 怪しげな点滅を繰り返す文字を見て声を出したところ、ローアが寄って来て俺の手をぎゅっと包んで指輪を見つめた。


「この感じ……間違いないよ、やっぱりもうちょっとで指輪の効力が切れちゃうみたい」


「そっか、そうだよなぁ」


 指輪をはめた時に皆が言っていたように、指輪の効力は保って五日。

 四日目の夜にもなれば、もう限界が近いってことか。


「少し残念だけど、逆に【呼び出し手】の俺が五日も山奥の外に出られただけマシなんだろうな」


 魔物を呼び出してしまうデメリットを五日も帳消しにできたお陰で、楽しい思い出もたくさんできた。

 なんだかんだで、悪くない旅行だったと思う。

 ……そんなふうに、感傷に浸っていたところ。

 何故かクズノハが声を押し殺してニヤニヤと笑っていた。


「俗世と今生の別れ、みたいな顔をしておるがの。お主何か忘れてはいないか?」


「忘れてないかって……」


 クズノハが何を言いたいのか分からなくて、俺は少し考え込んだ。

 それからしばらくして、俺の代わりにマイラが答えた。


「もしかして魔術で魔道具を直せるとか、そういうことかしら?」


「ほほう、正解だ。水棲馬の娘よ、お主中々聡いな」


「お世辞はいいけれど、でも魔道具の修理って結構難しいのよね? それも効力が切れた後の魔道具を元に戻すなんて……」


「うむ、確かに容易いことではない。……だがな」


 クズノハはふと俺の指輪に手を当て、神獣の力を行使した。

 クズノハの細く柔らかな手から光が漏れ、指輪に吸収されていく。

 ……すると文字の点滅が収まり、指輪は元の状態に戻った。


「嘘、元に戻ったの……?」


 驚いた様子のマイラに、クズノハは言った。


「否、完全ではない。後三日保たせる程度に回復させたと言った方が正しいな。……だが、妾一人でこれだけできるのだ。神獣三人と魔術を扱える【呼び出し手】が束で掛かれば、魔道具一つの修繕や再利用程度、不可能ということもなかろう」


「なあ、もしかしてクズノハが俺に魔道書を選んでくれた本当の理由って……?」


「よいよい、皆まで言うな。妾はただ、せっかくできた茶飲み友達にまた会いたいと思った。ただそれだけのことだ」


 クズノハは少し気取った様子でそう言った。


「それで、その指輪の効力は後三日ほどに延長された訳だが……どうだ? まだ王都で遊んでいくか?」


 クズノハの提案に、俺は静かに首を横に振った。


「いや。俺もそうしたいのは山々だけど、指輪に残った三日はまた別の機会に使おうと思う。魔術で困ったことがあったら、またクズノハのところに来ることもできるし」


 クズノハは俺の返事は分かっていたといった様子で、嫌な顔一つしなかった。


「うむうむ、堅実でよろしい。それでこそ神獣を三体従える者よな」


 それから俺たちは、クズノハに王都にある門の方まで連れていってもらった。

 それで俺たちは王都から出て、我が家に戻る。

 クズノハとはしばしの別れだ……そうなりかけた時。


「……何この鐘の音?」


 フィアナの言うように甲高い鐘の音が周囲に響き渡り、何かが起こっていることを知らせていた。

 そして門の方を見れば、衛兵が大急ぎで門を閉めているところだった。

 俺は衛兵の一人に駆け寄っていき、声をかけた。


「すみません、一体何が……?」


 そう聞くと、衛兵はまくし立てるようにして口を開いた。


「魔物だ、街の外に超大型の魔物が出ている! 奴は木々をなぎ倒して王都へ向かっている、お前も早く城壁から離れて街の中央に避難しろ!」


 衛兵はそう言い残し、忙しそうに駆けて行った。

 それからあたりを見れば、大勢の人が王都の中心方向へ走っていた。


「超大型の魔物ってまさか……」


「大丈夫だ、お主のせいではない。指輪の効力は今もきっちり続いておるわ」


 少し不安になっていたところで、クズノハがフォローを入れてくれた。


「でも、王都に来ているおっきな魔物ってなんだろ? 逃げるか戦うかを決める前に、魔物の正体が知りたいかも」


 ローアのもっともな意見に、クズノハが「少し待っておれ」と目を閉じた。

 ……それから数秒後、クズノハは顔を曇らせた。


「ふむ、常日頃から王都の外で見張りをさせておる使い魔から言伝だ。こちらに向かってきているのは【大陸獣】ベヒモスらしい。もしや神獣四人の魔力に引かれたのか……?」


「ベヒモスって、あの四大皇獣の!?」


 四大皇獣とは、人の世に仇なすとされている四種の強力な魔物の総称だ。

 大都市を滅ぼした、縄張り争いで山一つを更地にして周囲の村も埋めてしまったなど、その危険さを示すいくつもの逸話は俺のいた辺境にもよく伝わっていた。

 ……それに一説によれば、その力は神獣に匹敵するとも言われている。

 だが、当の神獣であるフィアナは臆するどころかニヤリとして言った。


「ベヒモスね、そうなると王都を囲っている城壁も保つか分からないけど。ここは美味しいものもいーっぱいある訳だし、ベヒモスなんぞに踏み潰されるのも癪だって思うのは……アタシだけ?」


「そんな訳ないでしょー。それに王都がなくなったら、またお兄ちゃんと買い物ができなくなっちゃうし。そんなのわたしだって嫌だもん」


「同感ね。わたしもこの街、活気があって結構好きよ」


 我が家の神獣三人は、早くも応戦する気満々だった。


「まあ、俺だってここ数日は王都にお世話になった訳だし、このまま逃げ隠れするのも悪いしな。何よりここにはクズノハの家もある。……だろ?」


「お主ら……! やはり【魔神】を倒した【呼び出し手】は言うことが快いな!」


 クズノハは俺の背中をポンポンと叩いて、それからぐっ! と拳を握った。


「いける、いけるぞ。この面子ならば防衛どころかベヒモス撃破も容易に狙うことができる。ベヒモスよ、妾と妾の茶飲み友達のいる街に仕掛けてきたこと、たっぷりと後悔させてくれよう……!」


 拳を高く上げたクズノハと、それにならって「おー!」と拳を上げた我が家の神獣三人。

 流石に知り合いの住む街の危機は放っておけないと、俺もまた皆と共に拳を空へ突き上げるのだった。

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