33話 【呼び出し手】と魔道書
クズノハに魔道書を持ってくるよう言われた店主がまた地下に降りて行った間、俺はふと気になったことをクズノハに尋ねていた。
「それで、どうして俺に魔道書が必要だって思ったんだ?」
クズノハは腰につってある俺の剣を指差した。
「お主は神獣の力を扱えるようだが、魔術の方はからきしと昨晩言っていたな」
「俺は【魔術師】系スキルは持ってないからな」
というかそもそも魔道書自体、【魔術師】系スキル持ちの人が自分の能力を高めるために使うものだったような。
……俺が持っていてもあまり意味もない気がするのだが。
「しかし膨大な魔力の塊である神獣の権能を武器から引き出して使用できるということは、お主も魔術を扱うセンスを持ち合わせてはいるということ。……話が逸れるが大体、お主が周囲の神獣や魔物に発している『心の声』とでもいうもの自体、微弱ながら大気中の魔力を消費して発しているようなものだ。そのことからも一応、【呼び出し手】スキルは魔力を扱うスキルとも言えよう」
「そういう仕組みだったのか……」
俺の声が周囲の神獣や魔物に筒抜けになってる原理ってどうなってるんだと考えたことはあったものの、まさか魔力を使用していたとは。
俺自身にはあまり魔力が宿っているとは思えなかったので、大気中のものを消費していると言われれば案外納得できそうな話ではあった。
「ちなみにこれは、実際に最初の【呼び出し手】と行動を共にしていた師匠から聞いた話でな。案外お主らも知らなかったのではないか?」
「そうね。近年【呼び出し手】スキルを持つ人間と接する神獣も少なくなっているし、神獣の中でもその手の話を知っている者は少ないんじゃないかしら」
マイラの言うように、ローアもフィアナも初めて知ったという様子だった。
「で、話を戻すがの。魔力を扱う素質があるお主は、恐らく本物の魔道書の補助があればすぐにでも魔術を使えるようになる。……妾のようにガセを掴まされない限りはな」
「魔道書の補助? 魔道書って、単なる本じゃないのか?」
「うーむ、何と言うかこれは人の世の時代によって物事の定義や呼び方が移り変わるような話なのだが……」
クズノハは腕を組んで、難しい顔をしながら話を続けた。
「妾の言う魔道書とは、数百年前に造られたような『本物』のことだ。それらはただの書物ではなく、使用者を自動的に補助する魔道具として成り立っているものたちだな」
「逆に偽物っていうのは、単なる本ってことか?」
「然り。偽物の方は、ただ単に魔術の使用方法が書かれた書物に他ならない。しかし時が移ろい書物が増えるにつれ、いつの間にか人の世で言う魔道書とは『一つの魔道具として成立している本』ではなく『単に魔術について書かれた本』を指す言葉になってしまっていたのだ。……妾がガセを掴まされたと言うのもそういうことでな。『本物の魔道書を』と某店の店員に言ったのに、買い求めて持ち帰ってみれば単なる魔術の指南書であったわ」
「そういう経緯があったのか」
その人間の店員からしてみれば「この本は本物の魔道書です」ってことであっても、クズノハから見れば「ただの本ではないか!」ということだったらしい。
長く生きる神獣と人間との間には、どうも文化以外に言葉の定義的な壁もあるのか。
「と言うわけでこんな店に来た理由だが、ここは品揃えだけは間違いない。せっかく本物の魔道書さえあれば魔術を扱えるだろうという見込みがお主にはあるのに、下手な店で偽物を掴まされては何にもならんからな」
「それは確かに」
「……ごめんなさい、待たせたね」
丁度話の区切りがいいところで、地下から店主が現れた。
「遅いぞ、引きこもり店主」
「悪いね、高値の魔道書は奥にしまってあるから取り出すのに時間がかかったのさ」
店主は抱えていた魔道書をカウンターに置いた。
「この店にあるものだと、多分この辺のものがいいと思う。確認してもらってもいいかい?」
「当然だとも。せっかくの茶飲み友達に下手なものを与える訳にもいかん」
「……茶飲み友達? 君みたいな固い奴にかい?」
「やかましいわい!」
クズノハは魔道書のページをめくる手を止め、店主を半眼で睨んだ。
店主が両手を上げて降参の意を示すと、クズノハは再び魔道書をめくる作業に戻った。
「しかし君、あのクズノハとどこで知り合って友達になったんだい? 彼女、割と気難しくて有名なんだけど」
「まあ、色々とありまして……」
闇の中から現れましたとは流石に言えなかった。
「……うむうむ、恐らくはこれが無難そうだな」
そう言ってクズノハが俺に差し出して来たのは、小さな魔道書だった。
普通に懐にも入りそうな手帳サイズ、そんな大きさだ。
「魔道書ってもっと分厚いのかと思ってたけど、こんな小さいのもあるんだな」
「寧ろ魔術に精通していないお主が使うならこれが一番良いだろうよ。余計な機能を省き、本当に必要なもののみが組み込まれておった。妾が言うのだから間違いないぞ?」
ふふんと微笑んで「長剣の力を扱う要領で魔道書に触れてみるがいい」と言ったクズノハを信じて、俺は魔道書を手に取った。
……すると。
「青く光ってる……?」
魔道書から淡い燐光が放たれ、その光が俺を包んでいく。
同時、頭の中に魔術に関する情報が流れ込んできた。
これが魔道書の補助ってやつか。
「強い魔力だね、でも」
「うん。お兄ちゃんの体にうまく流れ込んでるみたい。波長も合ってるかなーって」
「魔道書の方も【呼び出し手】さんと相性がいいみたいね」
ローアたちが言うように、どうやらこの魔道書と俺は大分相性がいいらしかった。
「流石にクズノハが直々に選んでくれただけあるってことか……!」
しばらくすれば神獣の力を扱えた時のように、次第に魔術の扱い方が分かるようになってきた。
……どうやら正規の【魔術師】じゃない俺はそこまで強力な魔術は扱えないようだけど、それは神獣の力で補えばいいだけの話。
肝心なのはそこじゃなく。
「山奥で暮らしていることもあって、使える手は増やしておいた方がいい……そういうことだったのか?」
クズノハにそう聞くと「そうとも」と返事をしてくれた。
それから店主が近くにいる手前か、クズノハが耳元で囁いた。
「【魔神】を倒したお主の戦闘能力は折り紙つきかもしれんが、それでも簡易的な魔術でも使用できれば生活に必要な火や水などの扱いも楽になろう。何より神獣の力は人の身には負担が大きすぎるからの。現に【魔神】を倒した後も、倒れてしまったと言っていただろう」
クズノハの言う通りで、神獣の力は体に大きな負担を強いる。
それに精密なコントロールも難しく、火を起こすために家の中でフィアナの力が宿った長剣を抜いて……というのも中々難しいものがあった。
それでも今は、そういう細かいことは魔術に頼ればよくなったということだ。
「ありがとうな、クズノハ。おかげで生活がまた楽になるよ」
「礼には及ばんよ。妾の方こそ、久方ぶりに夜通し話しができて楽しかった」
……と、良い雰囲気になっていたところ。
クズノハの横で静かにしていた店主が、ふと一言。
「あー、持っていくのはいいけどお代は払ってね?」
「当然、ここは妾が……」
「いやいや、俺が払う、流石に俺が払うから!」
財布を取り出したクズノハを、俺は即座に止めた。
……払ってもらうまでいくと、流石に申し訳なくなってしまう。
「し、しかし魔道書があった方が良いと言い出したのは妾だし……」
「それでも使うのは俺だからさ、気持ちだけで十分嬉しいよ」
と、こんな調子で頑ななクズノハをしばらく頑張って止めた後。
俺は財宝を換金して有り余っていた金貨を使い、無事に魔道書を購入したのだった。
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