32話 【呼び出し手】と九尾の案内

 クズノハ邸でお茶会をした翌日。

 朝方に宿に戻った俺たちは昼過ぎまで熟睡してから、もう一度クズノハ邸を訪れていた。

 というのも、だ。


「クズノハ、今日はどこに行くんだ?」


 そう。

 昨日の別れ際、クズノハが「お主を連れて行きたいところがある。また明日来るがよい」と言ってたのだ。

 それで今日も俺たちはクズノハ邸を訪れていた。

 改めて身支度を整えてきた俺たちを見て、クズノハはうむと頷いた。


「昨日お主の話を聞いていて、少々持たせておいた方が良いかと思う品があってな。それを手に入れに行きたく思う」


「品……?」


 その品っていうのはなんだろうかと、クズノハに聞こうとしたところ。

 クズノハは「おっと、聞くではないぞ? 現地に行ってからのお楽しみだ」と耳をぴょこぴょこ動かした。


「それと、そう小難しい顔もするでない。何、お主らは散歩にでも行くつもりで妾について来るといい」


 クズノハはそう言って、どこか上機嫌気味に俺たちを先導して行った。

 ……よく考えたら王都にほとんど友人がいないというクズノハは、こうして誰かと買い物に行く機会もこれまでは少なかったのかもしれなかった。

 クズノハは移動しながら「あの店の料理は塩気が程よくて美味い」とか「この店は悪くない家具を扱っておるぞ、ちと高いがな」などなど、俺たちに王都の各所を案内してくれた。


「王都は広くて物も多いが、その分粗悪な物を扱っておる店もそこそこある。あまりに安すぎるものとあまりに高すぎるもの、その双方には用心するのだぞ?」


「それって、本とかも?」


 首を傾げたローアに、クズノハは何故か引きつったように笑った。


「ま、まあ、そうだの。普通の本ならあまりに粗悪なものを掴まされることもなかろうが、少し風変わりなものだと時たま、な。……ほれ、見えて来たぞ。あれが目的の店だ」


 クズノハは大通りから路地に入って、その一角にある小さな魔道具店を指差した。

 でもあの店、人が誰も入っていないような……とか思っていたら、その理由は案外すぐに分かった。


「うわぁ……これ本物じゃん!?」


「……そのようね」


 店に近寄ったフィアナとマイラが後ずさりして引いているが、それも仕方がないと思う。

 何せその魔道具店の窓際には、骨やら魔物の剥製やらがずらりと並べられていたのだ。

 こりゃ誰も寄り付きたがらないだろう……というよりも。


「……ここ、黒魔術的な何かを扱ってる店じゃないだろうな?」


「おお、察しがよいな。その通りだとも」


 感心したような声音のクズノハは「ちなみに東洋では呪術とも言う」とか付け加えた。

 どちらにせよ、穏やかな雰囲気じゃなさそうだなーって言うのが正直な感想だ。


「ほれ、突っ立っていないで早く入るぞ。おい引きこもり店主よ、今日も健在かー?」


 クズノハはよくこの店に出入りしているのか、常連のような雰囲気だった。

 そしてクズノハに続いて店に入ると、不思議な香のような匂いが鼻をついた。


「ううっ、変な匂いがする……」


 鼻がいいローアにはキツいのか、ローアは手で鼻を覆ってしまった。

 ……若干涙目なのが少し可哀想だった。


「クズノハ、ローアもこの様子だしあまり長居はしたくないんだけど……」


「大丈夫、妾とて同じ気持ちだ。こんな辛気臭い店には正直長居したくない。……しかし引きこもり店主が見当たらんな。まさか勤勉に仕入れへ出たということもあるまいて……ということは、まさかあっちにおるのか?」


 と、クズノハがフィアナの方を向き、フィアナが「どしたの?」と言ったその時。

 フィアナの真後ろにあった壁際の柱時計が、ゴン! という鈍い音を轟かせて真横にスライドした。


「うきゃっ!?」


 自身の背後が突然動き出したフィアナは、変な声を上げて俺の背中に隠れた。

 そして柱時計がスライドした箇所を見ると地下への隠し階段が見えていて、誰かが登って来ていた。


「クズノハ、毎度のことながら暇だからってわたしを冷やかしに来るのはやめておくれよ。わたしの方は暇でもないんだから……ん?」


 ランタンを持って薄暗い地下から気だるげに出て来たのは、黒いローブを纏った如何にも黒魔術師といった様子の女性だった。

 多分様子からして、この人が店主か。


「……どちらさま?」


 俺たちを見回してそう言った女性に、クズノハは鼻を鳴らした。


「ふん。どちらさま? ではなく客だっ! 今日妾たちは、買い物をしにここへ来たのだ」


「へえ、ようやく財布の口を開く気になったのかい。それで一体、何をご所望かな?」


 クズノハは何故か胸を張り、俺の肩をぽんぽんと叩きながら言った。


「こやつに魔道書を持たせたい。良いものを見繕ってくれ!」


「……ん、魔道書?」


 クズノハが俺に持たせたいものって、魔道書だったのか。

 でもどうして、と聞くその前に。

 店主と思しき女性がぷぷっと吹き出した。


「なるほどなるほど、そういうことならわたしの元へ来たのは賢明な判断だったね。……前に大枚叩いて魔道書のガセを掴まされたこと、流石の君も大分堪えたと見える」


「やかましいわっ」


 クズノハはふしゃー! と唸った。

 そして俺はようやく、さっきクズノハが引きつった笑みを浮かべていた訳を理解した。


「ちなみにガセを掴まされたって、なんで神獣のクズノハが魔道書を?」


 神獣の力があれば、わざわざ魔道書なんて買わなくていい気もするのに。

 そう思いながらクズノハに耳打ちしたところ。


「……衝動買いというやつだな」


 一番ダメなやつだった。

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