21話 【呼び出し手】とケルピーの恩返し

 俺たちはフィアナの炎で視界を確保しながら、ダンジョンの中を進んで行った。

 最初の方は単なる洞窟といった様子だったが、奥へ進むにつれて次第にその印象は薄れていった。


「流石にダンジョン、まるでおとぎ話に出てくる迷宮だな……」


 しばらく進めば、周りには岩を切り出した階段や壁際の松明など、明らかに人工的に造られた環境が広がっていた。

 それに壁のひび割れから時々スライムが姿を覗かせていて、いかにも魔物の巣窟といった様子だ。

 加えて薄暗い上に空気も淀んでいて、ここは良くないものの溜まり場だと直感的に分かる。


「こりゃ皆の言う通り、早めに対処しなきゃ大変なことになるな……」


 山の中が全部こうなったら、いつ我が家に魔物が押し寄せて来てもおかしくない。

 それで畑が踏み荒らされたり井戸が壊されたりでもしたら最悪だ。

 早いうちにダンジョンを作った奴を倒す必要があるなと再認識していたら、ローアがすすっとすり寄って来た。


「うーん、そーだねー……。でもわたし、このダンジョンがこんなに広そうだなんて思ってなかったから、少しびっくりかも。……少しジメジメしてるし空も見えないし、やっぱりダンジョンは苦手かなって」


 通路を通りやすいよう人間の姿になったローアはぎゅっと抱きついて、俺の後ろに隠れた。

 こういう仕草は年相応といった可愛らしさがあって、少し微笑ましくなった。


「でも意外だな。ローアってドラゴンだし、こういうのも案外いけるもんだと思ってた」


「むぅ……わたしにだって、苦手なものの一つや二つあるもん」


 むくれたローアに、フィアナが茶化すように笑いかけた。


「何よちびドラ。アンタ、ドラゴンのくせに怖気付いたの? さっきはダンジョンの主を見つけたら即倒すみたいなこと言ってたのに」


「お、怖気付いてなんかないもん! ……ちょっと苦手なだけで」


 ローアはフィアナに負けじと言い返したが、それでも不安げな様子だった。

 俺はローアの頭を撫でて、安心させてやれるように言った。


「大丈夫だ、大丈夫。フィアナやマイラもいるし、俺も少しは力になってやれるから。伊達にローアたちから力を貰ってないし、それに……」


 俺は琥珀色の短剣を抜いて、ローアに見せた。


「これを貰った時、ローアたちの為にも力を使うって約束しただろ? 約束はちゃんと守るさ」


「お兄ちゃん……」


 ローアは張り付きながら、ちょっと落ち着いた様子だった。

 また、マイラは俺の腰にある長剣と手に持つ短剣を交互に見た。


「その剣ってもしかして、二人の力がこもっているのかしら?」


「ああ、ローアとフィアナの力を借りてるんだ。お陰で俺も魔物と多少は戦える訳だけど……どうかしたのか?」


 マイラはふふっと微笑んだ。


「そういうことなら、わたしも遅れを取るわけにもいかないわね。曲がりなりにも、あなたの家の居候だし……おやっ?」


 マイラが話している最中、向かいの曲がり角から魔物が飛び出して来た。


『GUUUUUU!!!』


 覆いかぶさるようにして襲いかかって来たグールの首を、マイラは鋭いハイキックで蹴り飛ばす。

 次いで飛び出してくる二体目と三体目を、マイラは水の槍を作って一突きにしてしまった。

 たった数秒間の早業に、俺たちは揃って「おー」と声を出していた。


「流石だな。俺もマイラくらい素早く動ければいいんだけどな」


 苦笑気味にそう言うと、マイラは少し困ったような表情になった。


「わたしくらい素早くって言うのは、人間のあなたには難しいかもしれないけれど。それでも……」


 マイラは手のひらに水球を溜め込み、何故か俺に向かって投げて来た。

 そして水球は俺の前で広がって盾の形になり……岩陰から俺へと飛びかかって来たスライムの攻撃を防いだ。


「あなたが危なくなったら、こうしていつでも力を貸すわ。だから安心して?」


 マイラは俺の前に展開した水の盾を槍型にして、そのままスライムの核を刺し貫いて消滅させた。

 あまりにも自由自在なマイラの技の前に、ローアやフィアナもぽかんとしていた。


「マイラ、水を操れるって知ってたけどこんなに上手く操れるんだね……」


「だいぶ高精度っていうか。アタシの場合は炎だからあんまり比べられるものでもないんだけどさ……」


 二人から褒められて満更でもないようで、マイラは少しだけ得意げになった。


「わたしも【呼び出し手】さんの家の近くで、毎日修行を続けているから。これくらいはできなくっちゃね。あ、それとせっかくだから……」


 ふふっと微笑んだマイラは神獣の力で水を変化させ、俺に手渡して来た。


「これを受け取ってくれるかしら」


「腕輪……?」


 マイラが差し出してきたのは、澄んだ空色の腕輪だった。

 氷にも見える繊細な作りで、触っただけで溶けてしまいそうな。

 見たこともないほど精緻な作りのものだった。


「これはわたしの力の一部。さっきみたいな魔物の不意打ち程度なら、簡単に防げる筈よ。……大切に使ってね?」


「それは勿論、大切に使わせてもらうよ」


 俺はマイラからもらった腕輪を腕にはめてみた。

 すると腕輪の方から、力の使い方がある程度伝わって来た。

 フィアナの剣から出る爆炎の時もそうだったけど、力の使い方を説明されなくても分かるっていうのはかなり不思議な気分だ。

 寧ろずっと前から知っていたような、そんな気さえするくらいに馴染むというか。

 これもまた【呼び出し手】スキルの一部なんだろうか。


「……さん、【呼び出し手】さん? ぼうっとしているようだけど、もしかして腕輪が合わない?」


 考え事をしていたら、いつの間にかマイラが覗き込んで来ていた。


「いや、何でもない。それに腕輪は綺麗だし軽くて大きさもちょうどいい。マイラ、ありがとうな」


「いいのよ。……わたしも居候だし、こうやって少しでも家主さんに貢献しないと、ね?」


 ウインクしてきたマイラに、俺は「うーん」と小さく唸ってしまった。


「俺の方こそ、今まで井戸とか温泉の件で散々お世話になってるんだけどな……」


「それでもいいのよ、わたしの気持ちとして受け取ってくれれば。何よりお料理とかはいつも任せているし、ね?」


 マイラは嬉しげにそう言って、再び歩き出した。

 ……いやはや、俺の中ではローアは妹、フィアナは同い年くらいってイメージがあるけれども。

 マイラは頼りになるお姉さんって感じで、一緒にいると安心できる感覚がある。

 それでも、俺もマイラを安心させてやれるくらいになりたい。

 そんなことを思いながら、俺はまた皆と一緒にダンジョンの奥へと進んでいくのだった。

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